埋まらない“温度差”を感じずにはいられなかった。

先達て、メインサイトを通じてメールを頂きました。舞姫と同じ股関節疾患(臼蓋形成不全)を持つ患者さんで、まだ疾患名を告げられて日が浅い様子。質問や相談といった内容ではなく、「一緒にがんばりましょう」という感じのメールでした。

ちなみに、その患者さんも趣味でスポーツをされており、舞姫がダンスを続けていることに勇気づけられたとのこと。喜んで舞姫が返信したことは言うまでもありませんが、程なくその患者さんから頂いた再返信の内容は、舞姫を大きく落胆させるものでした。

「治らない病気」という現実にも、さほど凹んでいる様子もなく至って元気そうなのは良かったのですが、頂いた再返信メールに記されていたのは「老眼みたいなもの」という言葉。治らなくて当たり前。悪化したら、眼鏡orコンタクトレンズを買うか、レーシック手術でもすればいい。股関節疾患も同じ。“病気”という感覚もなく、「ちょっと不便だな」程度の認識しかない模様。

確かに、疾患に対する解釈や感じ方は個人の自由ですし、その患者さんが仰ることも理解できないではありません。ただ、先天性の股関節疾患“老眼”と同列に語る姿に、どうにも舞姫は違和感を憶えてしまったのです。

スポーツを続けたいお気持ちを抱かれておられたので、ぜひ保存療法の分野で優れた医療機関でリハビリ指導を受けられるようお勧めしたのですが、主治医から「理学療法やっても治らないしね」と言われてリハビリには消極的だったこともあり、ご本人もリハビリには気が進まない様子。幸い、症状の程度は軽いとのことで、ご本人もあと10年くらいは持ち堪えられるものと思い込んでいて、至って楽観的。

ぢつは、彼女のご友人で人工股関節手術をされた人がおられるそうで、苦痛なく快適に暮らす友人の姿に、すっかり彼女も気を良くしたみたいで、おそらく「自分も悪化したら人工股関節にすればいい」…と安易に考えているのでは?という印象を受けました。

この疾患の症状改善において、最も重要なのは“リハビリテーション”です。症状の程度を問わず、すべての患者さんにリハビリは必須。適切なリハビリに努めることで、ハンディに負けない丈夫な身体を作ることが可能です。患者さんによっては、手術をしなければならない場合もありますが、この疾患における“手術療法”は、あくまで“改善”の手段であって“完治”を目指すものではなく、手術を経験された患者さん達も術式を問わず、術前&術後そして退院後に至るまでリハビリによる改善への努力が必要です。

ネットを通じて情報発信を始めて以来6年間に渡って、舞姫が耳にタコができるほど訴え続けてきたことです。ただ、舞姫が返信メールに誠心誠意を尽くして書き綴った“リハビリの重要性”も、その患者さんはサラリと読み流してしまったみたいで、頂いた再返信メールからはリハビリの意志は伺えませんでした。(´・ω・`)

勘違いしないでほしい。先天性の股関節疾患“老眼”なんかじゃないし、人工股関節“眼鏡”ではない。リハビリの意志もなく「悪化したら人工股関節に」と軽々しく考えてほしくない。もし再置換という話になっても、度が合わなくなった眼鏡のレンズを交換するような感覚で応じるんだろうか?

確かに、適切な術式を選択して、適切なリハビリ環境さえ整えれば、手術をされた患者さん達の殆どは改善可能なので、過剰に恐れる必要はないですが、やはり“手術”をするからには、それ相応の“覚悟”を要します。手術を経験された患者さん達の苦労、流した汗や涙…舞姫も嫌というほどたくさん知っている。だから、手術を軽んじないでほしい。

無論、疾患に対する解釈や感じ方は個人の自由なので、舞姫は否定する権利を有しません。けど、埋まらない“温度差”を感じずにはいられなかった。これまで真剣勝負で改善に挑んできた舞姫の努力のすべてを“茶化された”みたいな気がして、物凄い不快な気分だった。この疾患、そんな生易しいものでは決してない。懸命に改善に挑んできた同病者さん達の一喜一憂・一挙手一投足も、痛いほどたくさん見続けてきた舞姫は、それをよく知っています。

舞姫がメインサイトに設置する“疾患概要”に記す“怖い情報”の数々をそのまま残しているのは、患者さん自身が「疾患を軽視してしまう」という事態を少しでも防ぎたかったからです。確かに、情報収集に努め正しい知識さえ身に付ければ、決して怖い病気ではないので、嘆き悲しむ必要はありませんが、かといってこの疾患を侮らないでほしいし、この疾患が持つ“怖い側面”も知ってほしかった。

たぶん、こういう考え方の持ち主であれば、これ以上舞姫が何を話しても聞く耳を持ってはくれないでしょう。糠に釘、豆腐に鎹、暖簾に腕押し…何言っても無駄。そう思ったら、すっかり舞姫も再返信する気力が萎えてしまいました(笑)。志の高い患者さん達はみんな、疾患と真っ向から向き合い、真剣勝負で改善に挑んでいます。あなたも、志を高く抱いてほしい。…そんなことを言っても、おそらくその患者さんは「そんな大袈裟なw」と一笑するんでしょう。

きっと、舞姫とはまったく種類の異なる人間なんだ…そう思って割り切ることにします。ウチのサイトを通じてメールをくださったのなら、この日記にもお立ち寄りくださっていることでしょう。この記事を、その患者さんへの返信の代わりとしたいと思います。

舞姫が「治らない病気」という現実に凹まなかった要因。

持病の股関節疾患(臼蓋形成不全)が発覚して、6年になります。発覚して間もない当時は、ネットで調べても上位検索される大半は素人には難解な医療系の専門サイトばかりで、舞姫もほとほと情報収集に苦心したことを記憶しているんですが、そういう状況の中でも「運動厳禁!スポーツなどと、以ての外!」だの「適用は、人工股関節の置換手術」だの、なぜか“怖い情報”だけは数多く拾うことができました。そして、耳慣れない疾患名に戸惑いながら試みた当時の情報収集で、この病気が進行性の“不治の病”であることを舞姫は認識したことを記憶しています。

その後も試行錯誤しながら情報収集を重ねるうちに、ネットで知り得た“怖い情報”の数々に追い討ちをかける如く、まるで武勇伝の如くの闘病サイトやブログなども次々と見つかり、「これは、エラいことになったゾ!」と、当時の舞姫が大いにうろたえたことは確かです。ただ、「治らない病気」という現実に、それほど舞姫は凹まなかったんですね。…というか、「治らない病気→改善への努力も永遠に必要→よし、がんばろう!」…という図式が舞姫の脳裏に自然と描かれ、逆に改善へのモチベーションが大きく上がったことを記憶しています。そう、その瞬間から舞姫は生涯に渡って真剣勝負で改善に挑む“覚悟”を作ったわけです。

ただ、同病者さん達の多くは、「治らない病気」という現実を突きつけられると、嘆き悲しんで改善へのモチベーションを消失します。絶望感から、改善のすべてを放棄してしまった患者さん達を、たくさん知っています。心を頑なに閉ざし、情報収集すら拒んで“浦島太郎”状態と化した患者さん達にも、数多く出会いました。そりゃあ、医師から「運動厳禁!」だの「太っちゃダメ!ダイエット必須!」だの、あれダメこれダメの禁止事項を数多く申し渡された挙句、「治らないよ。悪化することはあっても、良くなることはない」などと無神経な言葉を放たれたのでは、改善へのモチベーションも萎えて当然だし、嘆き悲しむ患者さん達の気持ちも理解できないわけではありません。

けど、そもそも「治らない病気」という現実が改善へのモチベーションの源泉だった舞姫は、「治らない病気」という現実に改善へのモチベーションを消失する患者さん達との間に生じる“温度差”に、未だ苛まれ続けています。嘆き悲しむ患者さんと判り合えず、解釈の違いから衝突した経験も何度かあります。「なぜ嘆く?なぜ、すべてを放棄する?私は…“治らない病気”であることを知って、逆に改善へのモチベーションが上がったのに」…埋まらない“歪み”が、舞姫を悩ませ続けています。じゃあ、どうして舞姫は「治らない病気」という現実に、凹んだり嘆き悲しんだりしなかったんだろう?…その要因を、ちょっと改めて考えてみました。

まず、ひとつ考えられるのは、この病気が“進行性”であること。“不治の病”だからといって諦めて何の対策も講じずに放置すれば、どんどん悪化する危険性だってあります。どんなに多くの医療者が「運動厳禁!スポーツなどと、以ての外!」と説こうとも、ダンスを諦めることはできなかった。これ以上、悪化させるわけにはいかない。そう、“症状進行の遅延”という観点からも、たとえ完治は不可でも改善に努め、「ハンディに負けない丈夫な身体を作っていく」必要性が、舞姫にはあったわけです。

もうひとつ考えられるのは…“不治の病”とはいえ、幸いそれほど重篤な自覚症状にまで至っていなかったというのも勿論あるんですが、「治らない病気」という現実を知った当時も、「またまた〜。うんなこと言っちゃって、ぜんぜん手立てがない筈なんか絶対ないし、きっと何かしら取れる対策もあるんでしょ」…とか楽観的に構えてしまった節もあったんですね。その後、試行錯誤を繰り返すうちに情報収集の要領なども徐々に判ってきて、「たとえ“完治”は不可でも、“改善”なら可能」という事実を理解するに至った舞姫は、適切な改善策を講じて順調に回復する患者さん達が数多く存在することも知ったし、プロorアマチュア問わず、改善に努めながらスポーツを続ける患者さん達とも、たくさん出会うことができました。「ほ〜れみろ、思った通りだ。ざまあみろ!」…当時の舞姫がそう思ったことは、言うまでもありません(笑)。

勿論、「治らない病気」である限りには、舞姫にも受け止め難い現実もありますし、どんなに改善に努めても“限界”は生じます。身体能力に優れた若いチームメイト達が当たり前のようにできても、舞姫にはできないことが、たくさんあります。「こんな人が、なぜレギュラーに?」…きっと、多くの人達がそう思っている筈。“できない自分”“免罪符”にはしたくない。けど、“できない自分”という現実を突きつけられ、どうすることもできない自分が存在します。悔しい。物凄い悔しい。ただ、決して忘れてはならない。舞姫は、身体能力に優れた若いチームメイト達と「同じレベル」で動ける人材ではない。“無理”“挑戦”は別モノ。諦めない“強い精神”を美徳化して履き違えて、却って症状悪化を招いたのでは本末転倒だし、ときには現実を見据えて己の限界を悟らなくてはならない場合もあります。

努めても努めても、レギュラーのチームメイト達と肩を並べるレベルにまでは、決して辿り着くことはできないという“現実”が、そこにあります。悔しくて無茶ぶりこいて体調崩して、一生懸命コンディショニングして、ちょっと復調したかと思っても、再び不調に陥ってコンディショニングして…それを延々と繰り返す。“イタチごっこ”の如くの無限ループに嫌気がさし、発覚当時に作った“覚悟”が揺らぐことも正直あります。けど、それを承知で舞台に立ち続けることを選んだのは、ほかならぬ舞姫自身な筈。だから、「できない自分」という“現実”を突きつけられて、どんなに悔しい思いをしても、どんなに行き詰っても、どんなに惨めな思いをしても、なにひとつ文句は言えないし、“ダンスを諦めたくない”とい気持ちが舞姫にある限り、現実を受け止め、努力を続けなくてはならないわけです。

さて、毎年恒例の某公演も本番まで残り2ヶ月を切り、稽古も佳境に入っています。スタジオでは、限られた時間を惜しむ如く、ウォームアップもそこそこに稽古に入り、クールダウンもそこそこに帰宅するという状況が続いています。体調を崩しやすい時期です。体調管理は、舞台人の義務。リハビリ通院を続ける整形外科で、理学療法士O先生から学んだのは、コンディショニングの重要性。「そのハンディを承知で、ダンス続けるって決めたのは、○○(←舞姫の苗字です)さん自身なんだから」…O先生の言葉が、心に響きます。適切なコンディショニングに努め、本番の舞台を元気に務めることができるよう、日々精進したいと思います。「治らない病気」という現実が、舞姫の改善へのモチベーションの源泉となっていることは、現在も何ら変わっていません。これからも、この股関節と一緒に、舞姫は歩み続けます。

おニューの眼鏡。♪

数日ほど前の話で恐縮なのですが、眼鏡新調しました。♪

ぢつは、幼い頃から近年まで、ずっと舞姫は「眼の良い人」でまかり通ってきました。両親は自分が物心ついた頃には既に眼鏡をかけており、また5歳年上の兄も若い頃から眼が悪く、学生時代から眼鏡愛用者でしたが、なぜか家族のなかで唯一、舞姫だけは眼が良く、至近距離でテレビを観ようが、薄暗い部屋で本を読もうが、どんなに乱暴(?)な扱いをしても、舞姫の視力は落ちることがなく、遠くも近くも裸眼ではっきりと見ることができ、とにかく“眼鏡”などというブツとはまったくと言ってよいほど無縁な人間だったわけです。

「無いものねだり」とはよく言ったもので、お洒落に眼鏡を愛用する周囲の友人達や、眼鏡の似合う芸能人や著名人などに憧れて、たまに気が向いたときなど度ナシの伊達眼鏡をかけてみたりして、「眼の良い人が眼鏡をかけるなんて、けしからん!」と、某友人からお叱りを受けたこともありました。(^^;)

ただ、こんな舞姫でも寄る年波には勝てないもので(汗)、40歳を過ぎた頃あたりから視力に衰えの兆しが現れ始め、新聞や雑誌などの細かい文字が読みにくくなってきました。まぁ考えてみたら“老眼”になってもおかしくない年代に既に差し掛かっていたわけだし、職場でパソコン自宅でもパソコンみたいな生活を何年もやってたら、そりゃ眼が悪くなったって仕方ないですよ。

やがて、裸眼では爪が切りにくくなったり、加工食品の類の製造年月日や賞味期限などの印字も読みにくくなってきたりなど、日常生活でも不便が出てきたのもあって、ついに重いお尻を持ち上げて自分用の眼鏡を初めて作ったのが、3年前のことでした。

かくして眼鏡デヴューを果たし、その後しばらくの間は不便を感じることなく過ごしてきた舞姫でしたが、やっぱり時の経過とともに少しずつ違和感が出てきまして、ここ最近では、辞書やクーポン雑誌などの極小文字が読みにくかったり、スタジオで稽古の際に撮影した携帯電話の動画なども細部までは確認が困難だったりなど、眼鏡をかけた状態でも不便を感じるようになってきました。

まぁ、この眼鏡も作って3年経つので、そろそろ視力を測り直してもいいかなと思い立ちまして、数日ほど前の某日の職場帰り、3年前の眼鏡デヴューの際にもお世話になった掛かり付けの某眼科へ立ち寄った次第でした。

検査の結果、舞姫が思っていたほど視力は落ちてなくて、先生曰く「PC使ってお仕事される程度でしたら、いまの眼鏡でもう少し頑張ってみられても大丈夫ですよ」とのことだったのですが、辞書や雑誌の文字が読めなかったり、携帯で撮影した動画の確認が困難だったりなど、いまの眼鏡では不便があることを話すと、「ご面倒でなければ、少し度を上げた眼鏡をもうひとつ作って、いまお持ちの眼鏡とうまく併用して使い分けられるといいですよ」とのアドバイスを頂きました。

眼科の診察を無事に終えると、その足で眼鏡処方箋を持って次の目的地へ直行。向かった先は、3年前の眼鏡デヴューの際にもお世話になった老舗の某眼鏡専門店。当初はレンズのみの交換も考えていたのですが、眼科の先生から現在使っている眼鏡との併用を勧められたのと、店員さんから「レンズだけ交換するよりも、フレームとレンズのセットで買ったほうがお得ですョ♪」と勧められたのもあり、結局おニューをあつらえることに。出来上がりは2日後とのことで、この日はフレームを選んで眼鏡処方箋を店員さんに預けて帰宅の途に。

そんなわけで、写真は先達て眼鏡店で受け取ってきたおニューの眼鏡。3年前の眼鏡デヴューのときはセルフレームだったのですが、今回はメタルフレームにして頂きました。軽くて掛け心地もいいし、新聞や雑誌等の小さい文字もラクラク読めて、ぢつに快適です。眼科の先生のアドバイスに従い、お古の眼鏡はPC作業用に、おニューの眼鏡は超近距離用に…と、状況に応じて併用して、大切に使いたいと思います。♪



レギュラーを退いて以降のこと。

きょうから6月。ちなみに舞姫は、今月27日(金)49歳を迎えます。現在スタジオにて稽古中の某公演ですが、今年も舞姫はレギュラークラスの一員として舞台に立ちます。

かねてから“目標”としてきた「50歳までレギュラー」“夢”まで、あと1年半までと迫ったわけですが、この“夢”の実現化が可能か否かは別として、ヨボヨボのお婆ちゃんになるまでレギュラーに居続けるわけにもいかないし、近い将来どのみち舞姫はレギュラーを退かなくてはならないと思っています。ただ、“夢”であり“目標”でもある「50歳まで」は、どうにかがんばって達成させるとしても、ふと最近になって考えるのは、レギュラーを退いて以降のこと。

「運動厳禁!ダンスなどと以ての外!」…多くの医療者がそう唱える不治の股関節疾患を抱えてしまった高齢ダンサーの舞姫が、身体能力に優れた若いチームメイト達や、経験豊富なベテランの先生達と、対等に渡り合っていくために辿り着いたのが“スポーツリハビリテーション”(Rehabilitation for Sports)という手段でした。

そして、発覚以降現在に至るまで6年間に渡って続けるリハビリ通院を通じて、ダンサーとして舞台人としても有効な知識や情報を数多く学んだ舞姫は、いつしか“改善に努める”という行為が自身のダンサーとしての“スキルアップ”に直結することを悟り、“リハビリ”が持つ魅力的な世界観の虜となっていきました。“リハビリ”は、“身体”だけでなく“心”も鍛えてくれます。小心者の舞姫ですが、課題だったメンタル面もこの6年間で随分と鍛えられました(笑)。

ただ、これまで地道にリハビリを続けてきた第一の目的は、やっぱりレギュラークラスの一員として、「ハンディに負けない丈夫な身体」を作りたかったからです。ここは、舞台活動の中枢メンバーが集うクラス。多くの医療者がスポーツ継続に否定的な解釈を持つ不治の股関節疾患と向き合いながら、このクラスの一員として舞台に立ち続けるためには、相当な“覚悟”を要します。

無論、このクラスでは己の“ハンディ”“免罪符”には、できません。レギュラーの一員として、恥じずに舞台に立ち続けることができる人材であり続けたい。その“思い”が、リハビリしながらダンスを続けてきた舞姫を支えてきたわけです。

勿論、基本的に「“アマチュア”に“引退”はない」と舞姫は解釈しているので、近い将来レギュラーを退いて以降も、大好きなダンスとは何らかの形で関わっていくと思います。ただ、舞台に立つ立たないは別として、股関節疾患や年齢のことなども考えて、これからはあくまで身体に負担をかけない範囲でダンスを楽しむことを優先して続けていくことになると思います。

レギュラーにいれば、無茶しちゃいかんと判っていても無茶せざるを得ない状況に陥ることも多々あります。競技アスリート並みの細心のコンディショニングを駆使して自分の身体を守っていくことも必要でしたが、レギュラーを退けば当然そこまでストイックな身体作りに励む必要もなくなるでしょう。

そんなわけで、もともと横着者で“大儀”を絵に描いた如くの舞姫なので、レギュラーを退いたら、これまでリハビリを続けてきた“第一の目的”が消失することで、“改善”へのモチベーションが萎えてしまうことも充分に考えられるわけですね(汗)。

ただ、この疾患は生涯に渡って付き合っていかなくてはならない進行性の“不治の病”。舞姫がダンスを続けるか否かは別として、“改善”への努力も半永久的に続けなくてはなりません。だから、レギュラーを退いて以降この“改善”へのモチベーションを、どうやって維持し続けていくかが、ある意味では大きな課題になっていくと思うわけですね。(^^;)

ここで、ふと思い出したのが、2年前の2012年シーズン。この年、舞姫は春の“スタパフォ”終了後、毎年恒例の某公演への出演を辞退する形でレギュラークラスを離れ、金曜夜のミドルクラスへと移りました。

結局、まだやり残したことがあるような気がして、同年秋のスタジオ発表会の稽古が始まる頃に、レギュラーに戻ってきてしまったのですが(汗)、当時はこのままレギュラー復帰をせずミドルで踊り続けることも考えて悩みました。不器用で小心者の舞姫なので、このまま不治の股関節疾患を抱えながら、舞台活動の中枢を担うレギュラークラスの一員として舞台に立ち続ける自信がなかったからです。

ただ、レギュラーを離れてミドルで過ごした約3ヶ月間も、これまでと変わらず整形外科へリハビリ通院を続け、自宅でもこれまで通り極力コンスタントにリハビリに努め続けました。刺激になったのは、ミドルで一緒に過ごした若い中高生ダンサー達。みんな、近い将来ウチのスタジオの舞台で主戦力となって活躍していくであろう次世代の“レギュラー候補”です。

勿論、無理のない範囲で楽しむことを最優先に心掛けてはいたけど、やっぱりかつて“レギュラーに在籍した者”として恥ずかしくない人間でいたかった。いつも弾けるほど元気なミドルのクラスメイトさん達と過ごした楽しい時間が、横着者の舞姫に“改善”へのモチベーションを維持させてくれました。

股関節の持病うんぬんのことは抜きにして考えても、これから年齢を重ねていくにつれて自分の身体は確実に衰えていくわけで、いつの日か「無理のない範囲でダンスを楽しむ」こともできなくなるときが、きっと訪れるでしょう。

けど、やがて白髪いっぱいのお婆ちゃんになっても、まがりなりにも「かつてダンスを嗜んでいた者」として相応しい身体能力は維持したいと思うし、杖に頼らずさっそうと街を歩き、姿勢も動作も美しくこなせるお婆ちゃんになれるのなら、舞姫も嬉しいと思う。だから、将来レギュラーを退いても、そして、やがてダンスできない身体になっても、“改善”へのモチベーションは損なわずに抱き続けることができると思います。いや、そんな自分であり続けることができるよう、これからも“身体”“心”も精進し続けたいと思います。♪

優れた舞台作品を作るために必要なこと。

舞台人“空想科学の世界の住人”です。観客に“現実の匂い”を覚られることは絶対に許されません。舞姫が“アマチュア”であることは勿論、この夏で49歳を迎える高齢ダンサーであることも、そして不治の股関節疾患を抱えていることも、観客にとってはどうだっていいことなんです。無論「一生懸命、がんばりました〜!」“免罪符”にはなりません。

観客からチケット料金を頂戴し、劇場までご足労頂き、上演時間中を客席に拘束するというのは、物凄い責任の重い行為なんです。だから我々舞台人は、観客に“楽しい時間”を提供する義務が生じるわけです。ぢゃあ、観客のみなさんに“楽しい時間”を提供できるような優れた舞台作品を作るためには、いったいどうすればいいんだろう?…みたいなことを、ちょっと改めて考えてみました。

これは、あくまで舞姫自身の解釈ですが、まず重要なのは“振付者の苦労を察する”こと。チームのリーダーとして指揮采配を振るい、振付&構成を考え組み立てていく振付者の苦労は計り知れません。我々チームメイト達ひとりひとりが迷うことなく稽古に取り組むことができるよう適切に導き、そして我々チームメイト達ひとりひとりの個性を活かし、どうすればその魅力を最大限に引き出せるような作品にできるのかを考えながら試行錯誤を繰り返し、チームメイト達全員のベストパフォーマンスを願いながら、本番が無事に済むまでひたすら奔走し続けます。

スタジオの“スタッフ”として、振付のみに留まらず舞台の企画運営にも深く携わる先生達は、舞台の稽古の時期を迎えるたびに激務に追われます。我々アマチュアとは比べ物にならないほど多くの苦労が伴うことは、容易に想像がつきます。

舞姫は過去2回、スタジオの舞台作品で振付を担当させて頂きました。“生徒”なので、面倒なことはすべてスタジオ側に“お膳立て”して頂くという恵まれた環境のなかで、振付者として“作品を作る”ことのみに専念させて頂けたのは、本当に有り難いことだったと思いますが、それでも不器用で小心者の舞姫なので、稽古が始まってから本番に至るまで七転八倒を繰り返し、先生達の日頃の苦労を手に取る如く実感することとなりました。(>_<)

ただ、こんな至らない舞姫を助けてくれたのは、ほかならぬ優秀なチームメイト達です。さすが舞台活動の中枢メンバーが集うレギュラークラスだけあって、不器用な舞姫の要領を得ない説明も、信頼するチームメイト達は瞬時に理解してくれて、舞姫が“夢”に思い描く“構想”の数々を、次々と“現実”の形にして見せてくれました。

それはまるで、たとえ“使い手”が不器用であっても、どんなに強靭な魔物をも確実に粉砕してくれる“魔法の武器”の如くでした。どんなときも、いかなる注文にも、嫌な顔ひとつせず快く応え、懸命に取り組んでくれるチームメイト達の姿は、小心者の舞姫の“心の負担”を大きく軽減してくれたことを記憶しています。振付者は無力。どんなに一人で頑張ったところで、何もできない。みんなの惜しみない協力が、舞姫の作品を築いてくれました。

だから我々出演者は、振付者の“魔法の武器”とならなくてはなりません。稽古は楽しいことばかりではないし、振付者は難しい指示を次々と放ってくることも多々あります。我々も勿論アマチュアなので、できないことたくさんあって行き詰ったり凹んだりすることも多いです。

けど、完璧な“魔法の武器”になれなくてもいいから、少しでも近づくことができるよう精一杯を尽くす。我々が可能な限りを尽くして稽古に取り組み、より良い作品を作ろうとする振付者の気持ちに応えようと努めることが、日々葛藤を続ける振付者のストレスを軽減します。

そして、チームリーダーである振付者の“心の負担”が軽くなれば、それだけ稽古を円滑に進めることができ、振付者のインスピレーションも活性化されて新鮮なアイデアが次々と溢れてきます。そうすることで、舞台作品は研ぎ澄まされていくものと舞姫は解釈しています。

そして、もうひとつ。プロorアマチュアを問わず、“舞台に立つ”ことが物凄い責任の重い行為であることを、我々出演者ひとりひとりが充分に自覚すること。ダンスの舞台作品というのは、“人間”を使って創る“造形作品”のようなもの。振付者は“造形作家”。こともあろうに、自身の“片割れ”にも等しい信頼するチームメイト達を“材料”として使い、造形作品を築くわけです。

そして“造形作品”であるからには、振付者にとって我々出演者ひとりひとりは、巨大なオブジェを構成する“パーツ”のひとつでしか過ぎないんです。ただ、たとえ小さなパーツのひとつに過ぎなくても、ひとつひとつが担う責任は重く、どれかひとつでもパーツが欠けてしまったら、オブジェは完成しないのです。

大人数作品だと、つい忘れがちになってしまうのですが、いついかなる場合においても、いちど板の上に乗ったら真剣勝負を挑むのが舞台人の義務です。これを忘れては絶対になりません。「たくさんいるうちのひとりに過ぎないからと思って、絶対に気を抜くな!いい加減な気持ちで舞台に立てば、そこから舞台に亀裂が走るぞ!」…とは、スタジオ代表者T先生の言葉。舞台は誤魔化しが効きません。芋の子を洗うような大人数作品でも、たったひとりでも気を抜いて“変身”を解いたら、必ず観客に悟られるんです。

舞台人は“空想科学の世界の住人”です。どんなことがあっても、本番中に“変身”を解くことは許されません。自分が困るだけでは済まなくなります。変身を解くことで、他のチームメイト達にまで迷惑が及んだり、作品の雰囲気をも台無しにしてしまうかもしれません。チーム一丸となって積み重ねてきた努力が、一瞬にして水泡と化してしまう危険性も孕んでいるわけです。それを充分に認識したうえで、稽古から本番に至るまで、“真剣勝負”を挑むこと。これがなくては、観客に“楽しい時間”を提供できるような優れた作品など、絶対にできません。

そして最後にひとつ。なにはなくても“楽しむ”こと。ある大企業の社長さん曰く、「まずは“楽しむ”こと。社員ひとりひとりが仕事を好きになって、楽しんで日々の仕事に取り組んでくれなくては、顧客を満足させられるような優れた商品提供などできない」…ダンスの舞台作品も、同じだと思う。

もしチームのなかにひとりでも、稽古が嫌で渋々スタジオに来ているような者がいたら、観客に“楽しい時間”を提供できるような優れた作品など、できる筈もありません。作品のクオリティを最も高めるのは、我々舞台人の“楽しむ”気持ち。我々出演者が稽古から本番に至るまでの過程を心から楽しむことができれば、その気持ちは必ず観客にも伝わるものだと舞姫は思っています。そしてそのハードルは、ダンスが好きで、舞台が好きで、本当に心から“楽しい”という気持ちがあれば、容易にクリアできる筈です。

ちなみに、この“楽しむ”ことにおいては、振付者の技量も大きく問われますが、さすがベテランの先生達は心得ています。難しい振付や複雑な構成…ひとつ難問をクリアしても、息つく間もなく新たな難問が立ち塞がります。稽古では、行き詰ったり悩んだり凹んだり七転八倒を繰り返し、心が折れそうになることもあります。

それでも、チームメイト達みんな、どんなに困難な振付&構成にも果敢に挑むのは、先生達が作る作品がそれだけ魅力的なんだと思う。観客の“心”を掴めるような優れた作品を作るためには、まず“人材”となるチームメイト達の“心”を掴むこと。我々出演者自身が、振付者の持つ魅力に引かれ、作品を好きになって楽しんで稽古に取り組めば、それだけ作品の完成度はどんどん高まっていきます。

現在、スタジオでは毎年恒例の某公演の稽古中。振付者としても魅力的な先生達の指揮采配のもとで、舞姫&チームメイト達は楽しく稽古を続けています。先生達の苦労を察し、至らないながらも“魔法の武器”になれるよう努力を続け、どんなことにも果敢に挑み、惜しまず協力し、どんなときも気を抜かず真剣勝負して、ダンスが好きで、舞台が好きで、本当に心から“楽しい”という気持ちを忘れず抱き続け、観客のみなさんに“楽しい時間”を提供できるような優れた作品にできるよう、チームメイトみんなで心をひとつに揃えて、8月末の本番まで稽古を続けていきたいと思います。♪