舞姫のお気楽なシルバー・ウィーク。♪

秋の大型連休も、あっちゅー間に最終日を迎えてしまいましたが、みなさん如何お過ごしでしょうか?例によって横着者で出不精な舞姫は、この連休中も取り立てて遠出の予定などは立てなかったのですが、そこそこ楽しく過ごした大型連休でありました。♪

まず、この大型連休中にしようと思っていたのが、ご先祖様のお墓参り。ぢつは、今年の夏のお盆期間中はちょっと仕事が忙しくて休暇が取れず、毎年恒例のお墓参りは職場がお休みの週末にでも…と思っていたのですが、あいにく今年は親戚との予定が合いませんで、母曰く「あんたは自宅の仏壇で鈴を鳴らしてお参りしてくれたら、それで充分だから」…というわけで、お盆のお墓参りは舞姫だけを“仲間外れ”にして母&親戚一同で済ませてしまったというわけでした。(^^;)

そんなわけで、遅ればせながら21日(月)に母娘でご先祖様のお墓参りへと出掛けました。まずは、地下鉄で霊園の最寄駅へ。この日、札幌はあいにくの雨模様でしたが、駅からタクシーに乗って霊園まで行って、運転手さんにお願いして少し待って頂いて、その間にお墓の周囲をささっと簡単に掃除して、お花を供えて母娘で手を合わせ、急いでタクシーへと舞い戻って再び地下鉄駅へ。雨の中、慌ただしく速攻で済ませてしまったお墓参りでしたが、また雪が降る前にでも機会を作って母娘で霊園を訪ねようと思います。

どうにかお墓参りを無事に終えると、霊園の最寄駅近くの大型スーパーにて買い物。ぢつは、お墓参りのたびにこの大型スーパーを訪ねることを、舞姫は楽しみにしておりまして、いつも立ち寄る自宅近所のスーパーとは品揃えが少し違うので、やっぱり目にも新鮮で興味深いんですよ。

荷物が多くならないように、買い物は必要最低限に留めて…と思いつつも、ついついあれやこれやポイポイとカートに突っ込んでしまいまして、結局母娘で大荷物を抱えて地下鉄へと乗り込んだ次第でしたが、中心街まで舞い戻ると、ちょっと小洒落たワイン居酒屋にて母娘で夕食。なかなか有意義に過ごせた一日でありました。♪

一夜明けて、きのう22日(火)は、こちらもお盆期間中に行けなかった愛猫のお墓参りへ。あいにく母は御用達の美容室に予約を入れてしまい、他にもいろいろと足さなきゃならんヤボ用があるとのことで、この日は母娘別行動に。「これを、キューちゃん(←愛猫の名前です)の墓前に」と母から託された花束を持参し、ひとり動物霊園へと向かった舞姫でしたが、愛猫が眠る合同の萬霊塔に、母から預かった花束を供えて、線香を炊いて手を合わせた次第でした。(-人-)

ぢつは、この動物霊園には参拝者用の出入り口が2ヶ所ありまして、ひとつは広い公道に面した正面玄関で、もうひとつは駐車場側にある出入り口。車を運転しない舞姫は普段は正面玄関を使っているのですが、この日お参りを終えた舞姫が、なんとなしに駐車場側の出入り口から外へ出てみると、思わぬ“出会い”に恵まれました。

この日の札幌は前日とは見違えるほど爽やかな秋晴れだったのですが、駐車場の片隅で気持ち良さそうに日向ぼっこをする猫さん達を発見!舞姫がそっと近づいて頭を撫でると、ごろん!と転がってお腹を見せて甘え始めました。ふさふさの毛並みは触り心地が良く、天国にいる愛猫を思い起こさせます。聞くところによると、動物霊園のスタッフさん達や参拝者さん達に、とても可愛がられているアイドル猫だそうです。=^_^=



普通、野良猫というのは警戒心が強く、憮然とした表情をしていたりするんですが、この猫さん達はとても優しい穏やかな顔立ちをしています。おうおうにして野良猫さんの場合、人間が近付こうとするとパパ〜ッと足早に逃げ去ってしまったりするんですが、この猫さん達は人間を恐れる様子はありません。

たまたまご一緒させて頂いた参拝者さんの話によると、誰が近付いてきて撫でくり回して抱っこしても、嫌がることなく逆に喜んで付き合ってくれるとのことで、とても人懐っこいので、もともとは野良ではなく飼い猫だったのでは?…ということです。ちなみに、この日駐車場に姿を現したのは2匹だけでしたが、動物霊園のスタッフさん曰く他にも数匹の猫さん達が駐車場を頻繁に訪ねてくるそうです。♪

そんなわけで、ひとしきり駐車場の猫さん達と戯れて、楽しい時間を過ごした舞姫でしたが、動物霊園の帰り道に「しまむら」へ立ち寄りました。お手頃価格の衣類品など豊富に揃えると聞くこのお店、かねてから舞姫も興味津々だったのですが、あいにく舞姫が暮す中心街には1軒も店舗がなく、これまで訪ねる機会がありませんでした。

ただ、最近ちょっと調べてみたところ、動物霊園から徒歩圏内に店舗があることが判ったので、この日のお墓参りの帰りに訪ねてみた次第でした。初体験の“しまむら”ワールドをひとしきり楽しんで、最寄駅から中心街へと舞い戻って帰宅の途に。前日に続き、2日連続の“お墓参り”となりましたが、この日もなかなか有意義に過ごせた一日でありました。♪

一夜明けて、連休最終日のきょうは、取り立てて外出の予定もなく、自宅でお気楽に過ごしております。この連休中は、スタジオも暦通りお休みでしたが、こんどの週明けから発表会の稽古も再開されます。秋の大型連休を終えると、いよいよ稽古も折り返し地点を廻ります。気持ちを引き締めて、稽古に取り組んでいきたいと思います。

舞姫がバレエから離れた理由。

かつて舞姫は、ジャズダンスと並行してクラシックバレエも嗜んでいた時期がありました。通っていたのは、市内でも屈指の老舗バレエスタジオ。舞姫が通うジャズダンススタジオとも古くから交流があり、スタジオ代表者T先生も「もしバレエを本格的に習ってみたいのなら、ぜひここを訪ねなさい」…と推奨する優れたバレエスタジオでした。ここの初心者クラスで舞姫は約10年間お世話になりましたが、現在は通っていません。

バレエから離れて久しい舞姫ですが、現在でも友人知人から「どうしてバレエ辞めちゃったの?」と時折尋ねられることがあります。理由については、これまで“Twitter”ではチョロチョロと小出しにしてきましたが、そういえばバレエから離れた理由について日記で詳しくお話する機会は少なかった感じもするので、きょうは1記事を割いて、そこいらへんのことをお話してみたいと思います。

まず、辞めた理由の前に、バレエを始めた理由に触れておきましょうかね。すべてのジャンルのダンスの“基本”がいっぱい詰まっているクラシックバレエの技術ですが、他ジャンルのダンサーさん達は勿論、アート系の競技スポーツ(体操やシンクロナイズドスイミング、フィギュアスケートなど)の選手達も、その多くが練習に取り入れています。舞姫も、主軸として続けてきたジャズダンスに少しでも反映できれば…と思ったのが、バレエを始めたきっかけでした。ダンスの技術面については勿論なんですが、ある意味クラシックバレエは「台詞がない演劇」なので、演技や表現の面でも多くを学ぶことができます。♪

当初は、あくまでジャズダンスの“予備知識”的な感覚もあって軽い気持ちで始めた舞姫でしたが、通ううちに徐々にバレエの楽しさも覚えてきまして、レオタードや巻きスカート・ニット類など、バレエ特有のレッスンウェアも少しずつ買い揃えるうちに増えていきました。特に、ジャズのスタジオで舞台の稽古に追われる多忙な時期になると、舞姫にとってクラシックバレエのスタジオは、基本の身体作りに心置きなく取り組むことのできる“虎の穴”的な機能と同時に、“舞台の稽古”という重圧感から開放されて伸び伸びと過ごすことのできる“癒しの空間”的な機能をも併せ持つ貴重な場ともなったので、たとえジャズのスタジオで稽古に追われてクタクタに疲れているときでも、週1回のバレエのレッスンは休むことなく一生懸命通ったものでした。

余談なのですが、現在ではショートカットの舞姫も、バレエを始めて間もない当時は胸まで届くほどのロングヘア。バレエのレッスンでは、首から肩にかけては身体のラインが“見える”ようにすることが望ましく、このため長髪の人は結い上げるのがお約束なんですが、仕事を終えて職場から急いでスタジオへ駆け付けて、レッスンが始まるまでの僅かな時間を使って、この“多い”“重い”“硬い”の三重苦のロングヘアを結い上げるのには、物凄い苦心したことを記憶しています。(>_<)

8年前に、ばっつりショートにして以降は、苦心して髪を結う必要もなくなったのでレッスンでは楽になりましたが、困ったのは09年に出演させて頂いたバレエスタジオの発表会のとき。本格的なバレエの舞台では、女性ダンサーの髪型は“シニヨン”が定番。当時の舞姫も、ショートカットに“付け毛”を装着して“偽物の団子”を作り、ハードタイプの整髪料を多量に使って周囲を固めて、散々苦心を重ねて、それらしいシニヨンに仕上げたことを記憶しています。そのほか、独特のバレエメイクや、まるでお姫様の如くのロマンティック・チュチュ型の舞台衣装など、ジャズの舞台ではできないような貴重な経験を、このときの舞台ではたくさんさせて頂きました。懐かしいです…。

例によって前置きが長くなりましたが(汗)、バレエから離れた理由についてですね。股関節の持病のこともあって、身体に負担を掛けたくなかったというのも勿論あるんですが、ただ“股関節の持病”が直接の要因だったわけではなかったんですよ。もともと不器用“何か”“何か”同時並行でするのが大の苦手な舞姫、ジャズバレエとの“二刀流”は無理!…と判断したんです。既にダンサーとしては高齢の域に達しますし、股関節の持病を抜きにして考えても、もうそれほど長くは舞台に立てないでしょう。だったら、おそらく残り少ないであろう舞姫のダンスライフ、いちばん大好きなジャズダンスに専念したい…そう考えたのが、バレエから離れた最も大きな理由だったわけです。

確かに、バレエも大好きです。ポアント(Pointe:トウシューズ“Toe shoes”のこと。爪先が硬い素材でできており、先端は平らな形状となっているため、指の付根の部分を折らずに伸ばした状態で立つことが可能)とジャズ・スニーカーを同じバッグに入れて持ち歩くのが夢だったので、当時お世話になったバレエの先生からポアントの許可が下りて、かねてからの“夢”が叶ったときは、本当に嬉しかったですが…。ただ“二刀流”を極めるまでの自信は、やっぱり小心者の舞姫にはなかった。股関節疾患を持つ不器用な高齢ダンサーの舞姫が、バレエを極めようと思ったら、ジャズを捨ててバレエにすべてを捧げるくらいの“覚悟”が必要だと思う。いちばん大好きなジャズダンス、どうしても捨てるわけにはいかない。バレエから遠ざかったのは、ジャズを続けるための選択でした。



そんなわけで、5年前の10年卵巣腫瘍が発覚したのを機に、10年間お世話になったバレエスタジオから離れて、ジャズに専念するに至った舞姫でしたが、そこから先は“ジャズを続ける”ための“覚悟”を作り込みました。かつては、ジャズのスタジオでもレギュラークラス以外にも複数クラスへ股掛けて通って、平日の夜の大半をダンスのレッスンで埋めていた時期もあった舞姫でしたが、7年前に股関節疾患が発覚して以降は、週2回のレギュラーのみに専念。レッスンのない日は、なるべく早く帰宅して居間でリハビリに励み、コンディショニングに努める習慣も身に付きました。今年、かねてからの念願だった“50歳シーズン”をレギュラークラスの一員として迎えた舞姫、バレエスタジオで過ごした楽しかった日々を、いまも思い出すことはありますが、“ジャズに専念”という選択に後悔はありません。

“バレエから離れた”…というのは、ちょっと語弊がありますかね。確かに、クラシックバレエのスタジオへは通わなくなってしまった舞姫ですが、ジャズダンスというのは“複合競技”なので、やっぱりバレエの技術を学ぶことは必要なわけで、レギュラークラスでも毎週水曜日は元バレエダンサーだったE先生の指導で、クラシックバレエの技法が中心のレッスンをしています。ジャズのスタジオでも、現在は毎年恒例の発表会の稽古中で、レギュラーのレッスンも舞台作品の稽古が優先ですが、それでもウォームアップを兼ねたバーレッスンは、稽古前に必ずしています。発表会が無事終了して“シーズン・オフ”に入ったら、水曜レギュラー恒例バレエレッスンも本格再開されると思います。“二刀流”は断念した舞姫ですが(汗)、ジャズに有効なバレエの技術を、これからもコツコツと学んでいきたいと思います。(^^;)

知ってほしい!“リハビリ難民”が抱える過酷な現状。

持病の股関節疾患について、ネットを通じて情報発信を始めて以降この7年間に渡って、“保存療法”(ほぞんりょうほう:医療機関で行われる手術以外の治療法全般に対して使用される言葉。理学療法士などの指導のもとで行われる“リハビリテーション”は、その代表格)の重要性を訴え続けてきた舞姫ですが、現状では保存療法に消極的あるいは否定的な医療機関もまだまだ多く、このため舞姫と同じ股関節疾患を持つ同病者さん達のなかには、適切なリハビリ環境に恵まれない、いわゆる“リハビリ難民”と呼ばれる患者さん達も数多く存在します。

ただ、ネットを通じて交流を持つ某医療者さんは「そんなことはない。近所の整形外科を訪ねれば、外来患者にもリハビリを処方してもらえる」…と安易に言うのですが、7年間に渡って同病者さん達の悲痛な叫びを聞き続けてきた舞姫としては、これは絶対にウソだと思う。(-“-)

整形外科で苦痛を訴えても湿布剤鎮痛剤を処方されるだけで、リハビリ指導の処方を希望しても応じてもらえなかった…という同病者さん達の声を、これまで舞姫は耳にタコができるほどたくさん聞いてきました。「リハビリ?そんなものは、この病気にはないよ」…と医師から一笑されたり、末期の患者さんに「リハビリ?今更そんなことしたって手遅れだよw」…と小馬鹿にする如く言い放つ医師すら存在すると聞きます。

そんな、本当に全国どこの整形外科でも良質なリハビリ指導を受けられるんだったら、我々患者もこんなに苦労はしませんし、「近所の整形外科を訪ねれば、リハビリしてもらえる」…などと寝言のようなことを平然と言う医療者さんは、“リハビリ難民”が抱える過酷な現状を、いまいちよく判っていないとしか考えられません。

こんな話をすると、「地域的な問題では?」…と指摘する医療者さんも。舞姫が在住する札幌およびその近郊のみが、保存療法を積極的に行う医療機関が全国区で比較しても極端に少ないのでは?…というのです。ただ、それは有り得ないでしょう。なにせ、舞姫は、世界中の誰もが閲覧可能な“インターネット”を活用して情報発信をしています。当然、舞姫がネットを通じて交流を持つ“リハビリ難民”の患者さん達が在住されるのも、札幌近郊のみに留まらず津軽海峡を越えて他地域に渡ります。

余談ですが、舞姫の在住地域をよく確認せず関東在住者と端から決めつけて、「通院する整形外科をおしえて!」という内容のメールをくださる首都圏在住の患者さんも時折いて、舞姫が札幌で暮していることを伝えると「てっきり東京在住と…」と、とても驚かれたりします。(^^;)

もうひとつ受けたのは、舞姫が“前期”だから…という指摘。“変形性股関節症”の進行の程度は、“前期”“初期”“進行期”“末期”の4段階で評価され、舞姫はこの“前期”に該当します。前期というのは、股関節に臼蓋形成不全は認められるものの、まだ大腿骨頭は変形しておらず、軟骨も充分に残っている状態で、幸いこの段階で発覚した舞姫は、現在まで未手術でリハビリしながらダンスを続けるに至っています。

本来、症状の程度や手術経験の有無を問わずすべての患者さん達に必須な筈のリハビリですが、早急な手術の必要までに至らない“前期”or“初期”の患者さんの場合、症状を軽視してリハビリを勧めない医療機関も多いのが現状で、舞姫の交流範囲にも境遇が似通っている“前期”“初期”あるいは“未手術”の同病者さん達が集中しているから、リハビリ環境に恵まれない患者さん達が多いのでは?…という説。

ただ、これも有り得ないですよ。繰り返しますが、なにせ舞姫は世界中の誰もが閲覧可能な“インターネット”を使って、多くの同病者さん達と交流&情報交換をしています。当然、交流を持つ“リハビリ難民”の患者さん達の症状も、前期〜末期まで多岐に渡りますし、疾患名を告げられて間もない患者さんもいれば、既に長年に渡って闘病を続けるベテラン患者さんもいます。無論、既に手術を経験された患者さんもいれば、未手術の患者さんもいます。

手術経験者についても、自骨や股関節鏡、人工股関節など、受けられた術式もさまざま。「地域的な問題では?」とか、舞姫の交流範囲が「境遇が似通っている“前期”“初期”あるいは“未手術”の同病者さん達に限られるからでは?」などと、ピントのずれた指摘をする医療者さんは、インターネット“世界中の人達が閲覧可能”なツールであることを、いまいちよく判っていないとしか考えられません。

舞姫が、この“リハビリ難民”と呼ばれる患者さん達の抱える過酷な現状を打破すべく、保存療法の分野で優れた医療機関と出会うための“コツ”のような感じの話を綴ったページをメインサイトに設置したのが、2年ほど前のこと(こちら→「信頼できる医療機関と出会うために」)。

舞姫的には、医療機関探しのことなど右も左も判らない初心者さんが読んでも理解できるようにと思って熟考に熟考を重ねて作った渾身のページで、手前味噌ながら「医療機関探しの決定版」的なものを作ることができたと思って自負していましたが、その後もネットを通じて交流を持つ“リハビリ難民”の患者さん達が悩みを訴える深刻な声は後を絶たず…。所詮は一介の患者に過ぎない舞姫が一矢を報いようとしても、やっぱり限界があります。舞姫の行為は、巨大戦艦槍一本で立ち向かおうとしたに過ぎないのか?…と思うと、己の無力さを痛感します。(>_<)

厚生労働省が定める150日「リハビリ日数制限」(←日本臨床整形外科学会より)が、“リハビリ難民”を増殖させる大きな要因のひとつとなっていることも事実です。リハビリ通院を開始した日、あるいは手術を受けた日から数えて“150日”以内でリハビリを終了させ、その期限を過ぎると健康保険の適用内ではリハビリ処方を受けられない…という制度です。

ただ、たとえ150日間のリハビリ制限を過ぎて以降も、担当医師が「この患者さんにはリハビリが必要」とさえ判断すれば、引き続きリハビリ通院できるようにするのは何とでも可能だそうで、幸い舞姫は主治医の理解&協力もあり、この“150日ルール”に引っ掛かることなく7年間に渡ってリハビリ通院を続けるに至っています。

けど、これも“医師の理解”によって差があり、制限である150日を過ぎると、その後のリハビリ継続の必要性など検討することもないまま「治療は終わった」ものとみなして患者を放り投げるような医療機関も多いのが現状で、このため苦心してようやくリハビリ通院させてもらえるような整形外科と巡り会っても、期限を迎えると志半ばでリハビリ処方を打ち切られて、もとの“リハビリ難民”へと舞い戻ってしまう患者さん達も数多く存在します。

ただ、よくよく考えてみたら、この疾患は“不治の病”ですよ。「治らない病気」である限り、改善への努力は永遠だし、リハビリも生涯に渡って必要な筈。だから、そもそも“150日ルール”みたいなバカげた決まり事を定めること自体が、おかしいんです。「治らない病気」については特例を設けるなどして、どこの医療機関でも制限なく半永久的にリハビリ処方を受けられるようにすべきです。

手術療法に積極的な医療機関が“保存療法”に無理解なことも、“リハビリ難民”を増殖させる大きな要因のひとつですかね。このため、手術を受けられた患者さんは退院して以降は、執刀を手掛けた医療機関ではリハビリ継続できないことも多く、やむなく他でリハビリ処方してくれるような医療機関を苦心して探すという患者さん達も数多く存在します。

ただ、“手術重視型”の医師のなかには尋常でないほど“独占欲”が強い者もいて、「他院へリハビリ通院する」と言うと、患者を奪われたくない思いから猛反対する医師も。「他所でリハビリなんか受けて、もし悪化したらどうするんだ!」と怒りを露わにしたり、「他院へ行くのなら、破門だ!」と患者を怒鳴り付ける医師までいるそうです。

もっとも、理学療法士O先生曰く、手術を受けた以外の医療機関へリハビリ通院すること自体は、何ひとつ違法なことはないし、そこまで患者を縛る権利を医師は有さないので、「たとえ、手術した病院で医師から“破門だ!”と言われて猛反対されても、従う義務はないから自由にしたらいいよ」…とのこと。

ただ、可能であれば執刀を手掛けた医療機関との関係は、退院後も気まずくしたくはないですし、他院へのリハビリ通院を猛反対されたら、迷ったり困ったりしても当然。この類の尋常でないほど“独占欲”の強い医師の存在が、多くの患者を威圧して他の医療機関への受診を阻んでいることが、“リハビリ難民”を増殖させる大きな要因のひとつとなっている現状も、知ってほしいと思います。

保存療法に否定的にならず理解を示す医療者さん達、あるいは保存療法を積極的に実践する医療者さん達に、舞姫から“お願い”があります。たまたま自宅からも徒歩圏内に、スポーツ医療の分野で優れた整形外科医院があって、そこには保存療法の知識&経験が豊富な医師がいて、広くて設備の整ったリハビリ室があり、真摯で優秀な理学療法士さん達がいた。だから、舞姫は“リハビリ難民”にならずに済みました。

けど、舞姫の恵まれたこの環境、できればすべての同病者さん達と共有できるようにしたい。だから医療者さん達にも、多くの“リハビリ難民”の患者さん達が抱える過酷な現状を、もっとよく知って、医療制度の改正や問題の打破に努めてほしい。いつの日か、本当に全国どこの医療機関でも良質なリハビリ指導を、当たり前のように受けられる世の中になることを、舞姫は心から願っています。(-人-)

確認できた“方向性”。

ちょっと以前の話で恐縮です。先達て無事終了した某公演ですが、本番も間近に迫った先月25日(火)、舞姫はS先生の整体治療院を訪ねました。持病の股関節疾患(臼蓋形成不全)が発覚する以前から交流を持つS先生は、民間療法治療家のなかで唯一、舞姫が心を許す人物です。

ただ、ここを訪ねるのは舞姫も本当に久し振りで(記憶を辿ると、たぶん5年振りくらい?)、もしかすると舞姫の知らない間にどこか違う場所に引っ越しているかもしれない…とも思ったのですが(S先生は、ブログSNSもする習慣のない人なので、ネット上では消息が掴めません)、予約の連絡をしてみたところ、幸い以前と変わらぬ某オフィスビル内の小さな一室で、S先生は治療院を続けられていました。♪

意外に思われるかもしれないですが、別に舞姫は“民間療法”のすべてを否定するわけではないんです。ただ、公的医療を真っ向から否定して「手術やリハビリなどしなくとも、当治療院で施術を受けて頂ければ治ります!」などと高らかに謳ってみたり、あるいは有り得ないような非現実的・非科学的な理論を朗々と説いてみたり、保存療法の分野で優れた医療機関を訪ねれば健康保険の適用内で処方が受けられるような運動療法を、「自然治癒力を高めるための自己療法」などと称して途方もない高額な料金で指導してみたり…などなど、いい加減なことやってる悪質な民間療法も多いのが現状なので、やはり慎重に対応する必要はあると思います。

ですが、探せば優秀な治療家さんもいますし、公的医療の世界で実践される治療法と、整体やカイロなどの民間療法には、それぞれメリットデメリットがあるので、可能であれば状況に応じて双方をうまく併用するのもいいと舞姫的には解釈しています。ちなみに、S先生は“公的医療”を否定しませんし、整体師として治療院を独立開業される以前はスポーツ医療の専門学校で講師を務められていて、医学的な知識や情報にも精通する人なので、そこいらへんは安心してお任せできます。

ぢゃあ、舞姫が民間療法を否定しないにもかかわらず、信頼するS先生の治療院から、どうして5年間も離れていたのか?というとですね…7年前の疾患発覚元年に出会って以降、現在に至るまでリハビリ通院を続けるスポーツ整形外科の存在が、やっぱり大きかったかな?という感じ。

この7年間のリハビリ通院で、担当の理学療法士O先生から舞姫が学んできたのは、スポーツの世界で実践される“セルフ・コンディショニング”の知識や技術。そして、「患者としての症状改善のための“治療”」「ダンサーとしての“スキルアップ”」とを連結させる“スポーツ・リハビリテーション”(Rehabilitation for Sports:怪我や病気になったスポーツ選手が行うリハビリ。患者の症状や身体能力は勿論、競技種目にも適したメニューを組み立てて実践することで、競技復帰&継続を目指します)の素晴らしい世界観。ちょっとした時間&場所さえあれば手軽にできるトレーニングやコンディショニングの数々は、横着者で大儀を絵に描いた如くの舞姫でも無理なく続けられるものばかりでしたし、いざとうときの応急処置の知識やノウハウなども学びました。

疾患発覚以前は、ダンスの世界のことしか知らなかった舞姫、どちらかというと公的医療にも不信感があって、「整形外科なんか受診したって、湿布剤や鎮痛剤を処方されるだけ」…と思って、不調に陥るたびにS先生を頼って治療院を訪ねていました。

ただ、7年間のリハビリ通院を通じて“スポーツ・リハビリテーション”の魅力に目覚め、「改善に努め、なおかつダンスも諦めずに続ける」ために必要な知識や技術を、O先生から徹底的に叩き込まれた舞姫は、自分で自分の身体を護るための“セルフ・コンディショニング”の習慣も身に付いたおかげで、そう頻繁にS先生の施術を受ける必要性がなくなってしまったわけです。そんなわけで、順調に改善しリハビリライフを謳歌する舞姫は、S先生には申し訳ないと思いつつも、徐々に治療院からは足が遠のいていき、ふと気づくと5年もの歳月が流れていました。

ぢゃあ、どうして久し振りにS先生の治療院を訪ねようと思ったのか?この日の3日前の27日(土)、舞姫は隔週末恒例のリハビリ通院で整形外科を訪ねていました。自宅でもコンスタントにリハビリに努めてきた効果もあって体調は概ね良好だったのですが、以前ヘルニアを指摘された腰に若干の不安を残していました。

本番に備えて、信頼するS先生の施術を受けて、しっかりコンディションを整えたい…という気持ちも勿論あったのですが…O先生の指導を仰いで、未手術でリハビリしながらダンスを続けてきた舞姫の身体は、S先生との交流が途絶えたこの5年間で、どう変わったのか?…舞姫の身体を熟知し正確に“評価”できるのは、現在の舞姫の身近ではO先生しかいません。久しくO先生以外の専門家から“評価”を受ける機会のなかった舞姫、整体師として豊富な経験を持ち、なおかつ過去の舞姫の身体をよく知るS先生から施術を受けることで、O先生とはまた違う視点による“評価”を聞いてみたかったんです。

予約を25日(火)に入れたのにも、理由がありました。せっかくS先生の施術を受けるのなら、「寄り道せず真直ぐ帰宅できて、なおかつ翌日はゆっくり休息が取れる」環境を整えたかった。

整体やカイロなどの手技療法の施術を受けると、“副交感神経”の働きが活発になることで身体が過剰な“リラックス・モード”に陥ってしまうので、施術後しばらくの間は過度な運動を避けて極力ゆっくり休息を取ることが望ましく、このためスポーツの世界では大切な試合がある直前などは整体やカイロなどの手技療法の施術を受けることは避けるのが常識だそうです。施術で“リラックス・モード”と化した身体では、思うようなパフォーマンスができないことは勿論、無理して普段通りに動こうとすれば、却って身体に悪影響がおよぶ危険性もあるからです。

ぢつは、この夏ちょっと仕事が多忙で、お盆期間中にも特に“夏休み”を取っていなかった舞姫は、幸い26日(水)休暇を頂けることに。夜からはスタジオで稽古があるので出掛けなくてはならないですが、とりあえず日中はゆっくり過ごせます。27日(木)28日(金)は稽古が入っていなかったので、ここへ入れることも可能でしたが、某公演の本番30日(日)なことを考えると、あまりにも日程的に至近なのは避けたい。そんなこんなを考えると、S先生との再会は、やっぱり25日(火)がベストかな?…と舞姫的には結論に達したわけでした。♪

久し振りの再会に、施術中も会話が弾みます。会話の流れは自然と舞姫の充実したリハビリライフの話題へ…それまでダンスの世界のことしか知らなかった舞姫に、スポーツの世界で実践されるトレーニング法やコンディショニング法、そしてスポーツの世界が持つ特有の“考え方”だったり“姿勢”だったり“概念”だったり、そういったことを学び知る機会を与えてくれたO先生の“功績”は、やっぱり大きかったのです。

民間療法の治療家さんに、こんな話をするのはアレかと思ったのですが(汗)、舞姫の話を嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに聞いてくれたS先生は、「それは“財産”だよ」と一言。そうか!O先生が舞姫に伝授してくれたことは、舞姫にとって“財産”だったんだ!

そして、S先生の触診の限りでは、嬉しいことに“評価”は上々。専門的なことまでは舞姫はよく判らないですが、筋肉の質なども以前よりも格段に良くなって、いい意味で身体が引き締まっているのだそうで、「凄い良い状態ですよ〜。体脂肪率なんかも以前より下がったんじゃないですか?」とのこと。

舞姫は、難しいことも特別なことも何もしていません。ただ、O先生の指導を仰いで、誰でも手軽にできる程度のトレーニングやコンディショニングを、無理のない範囲で地道にコツコツ続けてきただけです。そう話すと、「いい指導を受けられているんですね。これからも、がんばってリハビリ続けてください」と仰ってくださいました。リハビリ通院を始めて以降この7年間に渡って、舞姫が実践し続けてきたこと、そしてO先生が舞姫に指導し続けてきたことが、間違いではなかったことを証明してくれたみたいで、なんだか凄い嬉しいです。(≧∇≦)

そんなわけで、S先生と一緒に、とても充実した楽しい時間を過ごした舞姫でしたが、施術後は寄り道せず真直ぐ帰宅し、翌朝にかけてゆっくり休息を取ったことは、言うまでもありません。幸か不幸か、S先生との再会のおかげで、舞姫が信じて続けてきたリハビリの“方向性”に誤りがなかったことが確認できたので、たぶん当分の間は再びS先生の施術に頼ることはないとは思いますが、某公演も無事終了した現在、レギュラークラスでは毎年恒例の“スタジオ発表会”の稽古の真最中。本番が近付いてきたら、近況報告も兼ねて、またS先生の治療院を訪ねようと思います。♪

憧れ続けた“聖地”の舞台。♪

現在、レギュラークラスでは、毎年恒例の某公演の稽古中。今年で34回目を数える某公演ですが、舞姫がこの公演の存在を知ったのは、23年前1992年のことでした。

当時、舞姫は市の教育文化会館が主宰する「演劇セミナー」に在籍し日々勉強中という身の上。毎年夏に開催されるジャズダンスの祭典。札幌市内を中心に、北海道内のさまざまな地域のジャズダンススタジオから選抜されたレベルの高いダンサー達が数多く集う公演と聞き、“駆け出し”時代だった当時の舞姫は、わくわくしながら劇場へと足を運んだことを記憶しています。

初めて“観客”として鑑賞したそのときから、高校球児達が“甲子園”に憧れる如く、競技アスリート達が“オリンピック”“世界選手権”に憧れる如く、ずっと夢に見続けた某公演の檜舞台。すっかり魅了された当時の舞姫が、演劇セミナー卒業後さっそくT先生のスタジオの門を叩いたことは言うまでもありませんが、スタジオへ通い始めて2年後の1994年、憧れだったレギュラー入りを果たした舞姫は、念願の某公演への初出演に至りました。

憧れ続けた“聖地”の舞台に初めて立ったときの感激は、あれから20年以上もの時を経た現在も鮮明に憶えていますが、50歳を迎えてオバちゃんと化した現在も、若いチームメイト達に混じってこの檜舞台に立ち続けることになろうとは、当時の舞姫は予測もしなかったでしょう(笑)。

初出演を果たしたそのときから、舞姫のシーズン初戦を迎える最も重要な舞台として大切に取り組んできた某公演ですが、7年前の2008年に持病の股関節疾患(臼蓋形成不全)が発覚したのも、この公演の稽古中でした。耳慣れない疾患名を告げられて不安を募らせた当時の舞姫でしたが、やはり“心の支え”となってくれたのは、その年の某公演で共演した先生達&チームメイト達でした。そして、5年前の2010年には卵巣腫瘍も発覚し、翌2011年には人生で初めての入院&手術も経験した舞姫でしたが、退院後の本格的な舞台復帰となったのも、この某公演でした。

我々舞台人にとって、“舞台”は貴重な“実戦経験”の場でもあり、成長への大切なステップでもあります。数々の舞台を経ることで実戦経験を積み重ねながら、我々舞台人は成長していきます。この某公演でも、舞姫&チームメイト達は“新しい挑戦”の機会を数多く与えられます。

先述の2011年公演では、“ヒール”を履いて踊る作品にも挑戦しました。そして昨年2014年には、公演協賛の某清涼飲料水メーカーのPR作品にも初挑戦し、苦手な“早着替え”に七転八倒しました。今年は“ゾンビ”役に挑戦する舞姫ですが、これまでの某公演でも、“花”“北風”“花魁”などなど、さまざまな配役に挑戦させて頂いてきました。与えられた数多くの“挑戦”とともに、思い出もたくさんあります。

今年、かねてからの“夢”でもあり“目標”でもあった“50歳シーズン”を、レギュラークラスの一員として迎えた舞姫ですが、この年齢で、まして難治性の股関節疾患を抱える身として、この某公演の“聖地”の舞台に立つことができるのは、とても幸せなことだと思います。

舞姫を舞台に立たせているのは、舞姫だけの力じゃない。信頼するスタジオの先生達&チームメイト達、整形外科の主治医Y先生&理学療法士O先生、そして毎日美味しい手料理を作ってくれるウチの母…etc。たくさんの人達に支えられ助けられながら、舞姫は舞台に立っています。感謝の気持ちを忘れず、日々の稽古に取り組んでいきたいと思います。♪