“宿題”は、“ヘルニア”についての予習。♪

さて、あしたは隔週末恒例の持病の股関節疾患(臼蓋形成不全)のリハビリ通院の日。前回通院時の診察で、昨年秋あたりから微妙に続く腰痛の件を相談して、とりあえずレントゲンを撮って頂いたところ、主治医Y先生から“腰椎椎間板ヘルニア”の可能性を疑われた舞姫ですが、あしたのリハビリ通院で腰部のMRI検査をする予定です。どんな結果が出るか予測もつかないので、いまからドキドキなわけですが(汗)、その前に理学療法士O先生から託された“宿題”をやってしまわねばなりません。

“宿題”というのは、“ヘルニア”について舞姫自身が“予習”をしておくこと。腰の病気は初期症状が先天性の股関節疾患とよく似ているため“誤診”を招きやすい…という話までは前記事でも触れましたが、舞姫も6年間のリハビリ通院でさすがに股関節に関する知識だけは“ヲタ”並に身に付いたものの(Y先生&O先生の熱心な指導の賜物です)、腰部も含め他の部位の整形外科疾患については、あまり詳しい知識がなかったので、これを機会に舞姫も勉強したいと思います。(^^;)

まず、我々人間を含む“脊椎動物”(せきついどうぶつ)の背中の中央には、脊椎(せきつい)と呼ばれる1本の骨があって(いわゆる“背骨”ですね)、人間の場合は後頭部から骨盤にかけて、この脊椎で繋がれているわけですが、脊椎は“椎骨”(ついこつ)と呼ばれる小さな骨が33個連なることで形成されていまして、ちなみに腰椎には5個の椎骨があります。

椎骨と椎骨の間には、“椎間板”(ついかんばん)と呼ばれる輪状の繊維軟骨がありまして、ゴムのように弾力性に優れていて“クッション”のような役割を果たしているのですが、“腰椎椎間板ヘルニア”というのは、この椎間板が何らかの要因で変形して外側に出てきてしまうことで、神経を圧迫して腰に苦痛や麻痺などを憶えるという疾患だそうです。

スポーツをされる患者さんにとっては、今後スポーツを継続できるか否かに深く関わってくる病気なので、なるべく早期に発見して適切な治療を行うことが重要になってきますが、まず治療法は“保存療法”(ほぞんりょうほう:医療機関で行われる手術以外の治療法全般に対して使用される言葉。運動療法や物理療法などの“リハビリテーション”は、その代表格)が中心。

サポーターやコルセットなどの装具で腰部を固定したり、消炎鎮痛剤などで痛みを緩らげたり、状況によっては神経ブロックや硬膜外ブロックなどの注射をしたり、骨盤牽引や電気治療などの“物理療法”を処方される場合もあります。症状が幾分鎮まってきたら、腰部を含む体幹の柔軟性を鍛える目的で、ストレッチなどの“運動療法”を理学療法士の指導のもとで行います。

これら保存的治療をしばらく試みたあと、再びレントゲンやMRIなどの画像検査をして、もし異常がなければ保存療法の効果が確認されたということで無事に治療終了となるわけですが、症状によっては保存療法だけでは解決できない場合もあり、長期間に渡って保存的治療を試みても効果が得られなければ“手術療法”が検討されます。

術式は、背中を切開して椎間板から外側に出てきてしまった部分を取り除く“後方椎間板切除法”(LOVE法)が主流ですが、近年では背中に小さな切込みを入れて医療用カメラや専用の手術機器などを挿入して治療を行う低侵襲型の内視鏡の術式(MED法)も行われています。

ただ、単に椎間板から突起した部分を摘出するだけの術式では解決できない場合もあって、症状によっては潰れた椎間板を人工のものに置き換える“人工椎間板置換術”が検討される患者さんもいます。

ちなみに、“ロシアの皇帝”と呼ばれるフィギュアスケートのエフゲニー・プルシェンコ選手(←Wikipediaより)の持病がこの“腰椎椎間板ヘルニア”であることは広く知られており、2013年に人工椎間板置換術を受けています。32歳にして未だ現役で競技を続けるプルシェンコ選手ですが、あの腰に人工椎間板が入っている身体でクワドだのトリプルアクセルだの跳んだり、難易度の高いスピンやステップなどもこなしているのかと思うと、いやはや怖い話ではあります。(>_<)

そんなわけで、O先生からの“宿題”として“腰椎椎間板ヘルニア”についていろいろ調べてみたわけですが、おかげで知識が薄かった舞姫も脳内の整理ができてきました。いよいよあしたに迫ったMRI検査で、主治医Y先生&理学療法士O先生がどのような判断をするのか不安ではありますが(汗)、ふと気づけば“シーズン・オフ”終了まで残り1ヶ月。春の雪解けの季節を迎える頃には、毎年恒例の某公演の稽古が始まります。

しっかり体調を整えて稽古に臨まなくてはならないことは言うまでもありませんし、保存療法で解決できる範囲であることを祈るばかりですが、あしたは宿題“答え合わせ”をする予定なので、O先生にも今後のことなどよく相談して、コンディショニングのアドバイスなど頂いてこようと思います。

腰は、ヘルニアの可能性が…(汗)。

先週の土曜日は、隔週末恒例の持病の股関節疾患(臼蓋形成不全)のリハビリ通院へ出掛けました。この日の診察では、久し振りにレントゲンを撮って頂きまして、股関節のほうは地道に続けてきたリハビリの効果もあって、おかげさまで悪化の兆しもなく良好だったのですが、昨年秋あたりから微妙に不調続きだったは、Y先生曰く「もしかすると“ヘルニア”かもしれないよ」とのこと(汗)。

レントゲンだけでは断定できないそうで、Y先生からは「いちどMRIを撮ったほうがいい」と勧められました。MRIは完全予約制とのことだったので、次回のリハビリ通院(2月28日(土)の予定)と同じ日にMRI検査の予約を取って頂きました。

診察終了後は、リハビリ室へ。腰椎ヘルニアについては、あまり舞姫も詳しい知識がなかったので、診察結果の報告も兼ねてO先生に尋ねたところ、「とりあえず自分で調べてごらん。次回のリハビリ通院のときに“答え合わせ”をしましょう!」とのことで、次回までの“宿題”に。

ぢつは、これO先生がよく使う手法。なにか判らないことがあって舞姫が質問をすると、まずO先生は次回までの“宿題”として舞姫自身に調べさせ、翌回のリハビリ通院で詳しい“答え合わせ”をします。患者である舞姫が自身の手で調べることで知識を深めることができ、そして翌回でO先生と“答え合わせ”をすることで、舞姫が調べて得た知識を確認し、間違いがあれば修正し、補足説明やアドバイスなどを受け、更に知識を肥やすことができます。♪

O先生に託された“宿題”については、後日また改めて詳しく調べて、この日記にも備忘録として記事を綴ろうかとは思っていますが、小耳に挟んだ限りでは、椎間板症や坐骨神経痛などの腰の病気は、脚の付け根にも苦痛や違和感を憶えることもあるなど、初期症状が先天性の股関節疾患と似通っている部分も多いため、プロの医療者でも“誤診”してしまう場合があると聞いています。

ネットを通じて交流を持つ股関節の同病者さん達のなかには、最初に訪ねた医療機関で坐骨神経痛と誤診されてしまい、腰部の電気治療牽引治療を1年以上も続けたものの効果がまったくなく、不審に思って訪ねた他の医療機関で、ようやく股関節の先天性疾患が発覚し、ここで初めて腰痛も股関節疾患が要因だったことが判明したという患者さんもいます。

この類の“誤診”が起きてしまう要因を作り出しているのが、この日記でも幾度となく取り上げてきた“二次障害”。股関節疾患の場合、苦痛や違和感など股関節だけでなく太腿・腰などに及ぶことも多々あって、状況によっては自覚症状として股関節以外の部位の痛みを強く感じてしまうことで、元凶が股関節にあることに患者本人が気付かない場合も多いです。

また、医師のなかには患者が苦痛や違和感を訴える箇所にしか注目しない者も多く、股関節に潜む病巣の発見までに至らず「異常なし」と診断されたり、あるいはまったく別な疾患と誤診されてしまうことも少なくないと聞いており、この厄介な二次障害が股関節疾患の早期発見を遅らせる要因の大きなひとつとなっているそうです。

股関節疾患の早期発見を遅らせる要因を作ってしまう“二次障害”ですが、逆の意味で“誤診”されてしまう危険性も勿論あります。股関節疾患から派生する二次的な不調の代表格として知られる腰痛膝痛ですが、既に股関節疾患が発覚している患者さんの場合、腰や膝など股関節以外の部位の症状を相談しても、端から股関節疾患の“二次障害”と決めつけられてしまう場合も決して少なくはなく、「あなた股関節に病気があるから仕方がないねぇ」と匙を投げるような言葉を放ち、苦痛を訴えても聞き入れてくれない医師もいると聞きます。

同じ股関節疾患を持つ某友人も、原因不明の膝痛に長年悩まされてきましたが、掛かり付けの整形外科では股関節疾患の二次障害と診断されてしまい、取り立てて改善策も講じてもらえず、半ば諦めかけていたそうです。ただ、知人の勧めで膝疾患に詳しい医療機関を訪ねたところ、担当医師は「それ、もしかすると股関節の病気だけが原因ではないかもしれないよ」と、他の要因を疑って詳しい検査をしてくださり、そこで初めて膝の半月板にも先天性障害があったことが発覚したといいます。

患者自身の判断力を惑わすだけに留まらず、プロの医療者の“誤診”すら招く“二次障害”は、本当に曲者です。これまで舞姫自身、腰痛については股関節の病気の延長みたいに思っていて、あまり重要視していなかった節もあったのですが(汗)、腰椎ヘルニアの可能性を疑ったY先生の能力は、さすがといったところ。これがもし、どこにでもいる平凡な医師だったなら、舞姫も股関節疾患の二次的な不調と端から決めつけられて、「あなた股関節に病気があるから仕方がないねぇ」の一言で片付けられて見向きもしてもらえなかったかもしれません。

そんなわけで、次回のリハビリ通院でMRI検査をすることになった舞姫ですが、MRIを撮るのは“卵巣腫瘍”で手術をしたとき以来ぢつに4年振りなので、いまからドキドキです(汗)。

まだヘルニアと確定したわけではないので、スタジオでの自己申告はしばらく保留にしようかと思っていたのですが、あいにく先達て水曜レギュラーのレッスンのときが絶不調で、ヒップホップのコンビネーション(Combinations:レッスン枠で行われる、練習用の振付)の途中から大事を取って見学に廻りました。これはもう隠せないなと判断した舞姫ですが(汗)、レッスン終了後は途中降板のお詫びも兼ねて、腰痛ヘルニアの可能性があること、こんどMRIを撮る予定であることなど、先生達&チームメイト達にカミングアウト。

ふと気づけば、もうすぐ3月。シーズン・オフは瞬く間に過ぎ去っていき、春の雪解けの季節を迎える頃には、毎年恒例の某公演の稽古が始まります。もしY先生の推測通り腰椎ヘルニアであれば、持病の股関節疾患にも悪影響が及ぶので、股関節疾患があることもふまえたうえで総合的な改善策をしっかり立てていく必要があります。

MRI検査の結果がどう出るか不安ではありますが、どうにか保存療法で解決できる範囲であることを祈るばかりです。とにかく、某公演の稽古が始まるまでに少しでも改善できるよう、焦らず無理せずコンディショニングを続けていきたいと思います。

ファースト・コンタクト!

“シーズン・オフ”期のレッスンを存分に満喫中の舞姫&チームメイト達ですが、昨夜は水曜レギュラー恒例のクラシックバレエ&ヒップホップの“二刀流”レッスンが行われました。レッスン終了後、先生達&チームメイト達と雑談中、なにげに「再演したい舞台作品」の話題になりまして、みんなの口から懐かしい作品名が続々と挙がりました。♪

レギュラークラスの背中を見続けながら育つジュニアクラスの小中学生ダンサー達は、やがて成長して大人になると、我々の背中を視界に捉える如くレギュラー入りしてきます。ジュニア出身の若いチームメイト達からは、かつてジュニア在籍時に客席や舞台袖などから憧れの眼差しで観たというレギュラー作品も数多く挙がりました。勿論、過去にスタジオが上演した作品群のなかには、レギュラー以外にも興味深い作品も多く、古いものから比較的に近年モノに至るまで、さまざまな作品と当時の思い出話で盛り上がり、舞姫も楽しい時間を過ごしました。♪

で、舞姫も「そういう話であれば、ぜひ掘り起こしてみたい古い作品が…」と、ある作品を挙げさせて頂きました。ちなみに使用楽曲は、かつてヴァイオリニスト葉加瀬太郎さんが中心となって活動されていて、既にだいぶ以前に解散済みでしたが昨年になって再結成されて活動再開したクライズラー&カンパニー(←Wikipediaより)の、1991年発売の「NATURAL」というアルバムに収録されている「愛の挨拶」。原曲は、後期ロマン派として活躍したイギリス出身の作曲家エドワード・エルガー(Edward Elgar:1857〜1934)の同名楽曲で、世界中の誰もが知る美しい名曲です。なにせ収録アルバムそのものも既に廃盤となっている古い楽曲なのもあって、残念ながらネット上では動画の類を探せなかったのですが、クライズラー&カンパニーの同名楽曲は、これを軽快なポップ調にアレンジしたものです。

ちなみに、舞姫が再演を希望したその作品、舞姫自身が出演していたわけでは、ありません。舞姫は“客席”にいました。話は、いまから23年前1992年夏に遡ります。現在、レギュラークラスで主戦力として活躍する若い学生ダンサー達は、この世に生まれてもいなかった頃です。当時、舞姫は地元の教育文化会館が主宰する“演劇セミナー”に在籍し日々勉強中という身の上。無論、舞台の世界に入って間もない“駆け出し”時代で北海道のダンス事情のことなど右も左も判らず、ウチのスタジオの存在すら知らなかった頃でしたが、当時の舞姫が観客として足を運ぶ機会に恵まれたのは、現在に至るまで毎年の恒例行事として上演され続けている某公演。年に一度、北海道内の各地からレベルの高いダンサー達が多数集うというジャズダンスの祭典を、若かりし駆け出し時代の舞姫はワクワクする気持ちで鑑賞したことを記憶しています。



そして、当時その某公演でウチのスタジオが上演したのが、この「愛の挨拶」を使った作品でした。主役を演じたのは、スタジオ代表者T先生。現在では還暦もとうに過ぎて自ら出演者として舞台に立つ機会も少なくなったT先生ですが、23年前の当時は舞台人としても現役で活躍していて、背が高く堀の深い顔立ちの紳士がカッコよく立ち回る姿に、当時の舞姫もいたく感激したことを記憶しています。主役といっても、T先生自身は“キーパーソン”的な役回りに徹して時折ちょろちょろ出没するのみに留まり、他のダンサーさん達の魅力を最大限に活かすような構成に作られていて、いま思い起こせばウチのスタジオらしい持ち味が出ていた作品だったと記憶しています。

主役のT先生に感激したことは勿論ですが、なにより当時の舞姫が魅了されたのは、T先生を含めて出演されたダンサーさん達全員の“楽しそうな表情”。舞台上を縦横無尽に舞うダンサーさん達は、みんな煌めく魅力に満ちていて、優れたチームワークも充分に伝わってきました。無論、レベルの高いダンサー達が集う檜舞台なので、楽しいことばかりではなかった筈ですし、稽古では辛いこと苦しいこともたくさん経験した筈。けど、そんなことなど客席に微塵も感じさせることなく活き活きと踊り続けるT先生のスタジオのダンサーさん達はみんな、明らかに“作り笑顔”“営業スマイル”などではなく、本当に“楽しそうな表情”をしていて、あ〜、ここのスタジオの人達はみんな本当にダンスが大好きなんだなぁ…と、舞姫も強く心を揺さぶられたことを記憶しています。

そんなわけで、ウチのスタジオの作品にいたく感激した当時の舞姫でしたが、演劇セミナー卒業後さっそくウチのスタジオの門を叩いたことは、言うまでもありません。そして2年後、憧れだったレギュラー入りを果たした舞姫は、念願の某公演への初出演に至ったわけですが、あれから20年以上もの歳月が流れた現在、代表者のT先生も自ら舞台に立つ機会は少なくなり、ウチのスタジオとの出会いを導いてくれた当時のあの作品に出演していたメンバーで、いまもレギュラークラスの一員として舞姫と一緒に舞台に立ち続けているのは、H先生&K先生の二人だけになってしまいました。けど、ダンスを心から愛するウチのスタジオの“スタイル”は、いまも昔も何ら変わっていませんし、舞姫とウチのスタジオとの“ファースト・コンタクト”を演出してくれたあの作品は、いわば“TSUKADA STYLE”“原点”的な作品だったのかもしれません。

舞姫が再演を希望した某公演作品に限った話ではないですが、その時代のことを知らない若いチームメイト達も交えて、古い舞台作品再演する機会があったら、きっと面白いだろうなぁと思います。ぢつは、前例があります。2005年のスタジオ発表会にて再演した「迷い犬」、なんと初演は1986年。舞姫がダンスと出会う遥かに以前の作品でした。いつかまた、こんなふうに若いチームメイト達と一緒に古い作品を再演できる機会が作れるのなら、舞姫も嬉しい。もっとも、舞姫も今年で50歳を迎える高齢ダンサーですし、希望が実現する頃には既にレギュラーを退いているかもしれないですが(汗)、時代を髣髴とさせるような古い舞台作品を踊る若いチームメイト達の姿を、ぜひ舞姫も観てみたいと思った次第でありました。♪

“原点”は、『ベルサイユのばら』。♪

きょうは、舞姫の舞台人としての“原点”の話をしたいと思います。この世界に入るきっかけは、いまから25年前、地元の教育文化会館が主宰する「演劇セミナー」へ通ったことで、あれから20年以上も経た現在も、ここで学んだことが舞台人としての舞姫の“礎”となっていたりします。

ただ、セミナーへ通い始めた動機そのものは些細なことでして、当時は取り立てて趣味もなく、職場と自宅との往復だけが生活のすべてという地味なOLだった舞姫ですが、たまたま地元の広報誌に受講生募集の記事が掲載されているのを読みまして、「ふ〜ん、演劇かぁ。面白そうだなぁ」…と、軽い気持ちで受講を決めたわけでした。

こうして、しばらくの間は習い事感覚で気楽にセミナーのレッスンへ通っていた舞姫でしたが、そんな舞姫を“覚醒”させる出来事がありました。それは、当時たまたま某民放局にて放送された宝塚歌劇団の舞台中継。ちなみに演目は、誰もが知る名作『ベルサイユのばら』。池田理代子さんが描く原作は、アニメやコミックなどにはそれほど興味を抱くことのない少女時代を過ごした舞姫ですら、すっかりハマって何度も繰り返し読み返した数少ない作品のひとつです。

勿論、鳳蘭さんや汀夏子さんが活躍された宝塚歌劇団の同作品の初演時代も知っています。懐かしさもあって、VHSのビデオデッキに録画予約を入れた舞姫でしたが、軽い気持ちで後日ビデオを再生した舞姫が魅了されたのは、素敵な男役さん達のカッコよさでした。♪

25年前の当時、同作品にて主要キャストを務めるなどして活躍されていた男役スターは、天海祐希さん、真矢みきさん、涼風真世さん、一路真輝さん(←余談ですが、彼女も先天性の股関節の障害を持つと聞いています)…などなど。退団後も現在に至るまで第一線で活躍を続けられている魅力的な女優さん達ばかりです。

また、2009年に他界された大浦みずきさんも、花組トップスターとしてフェルゼン役を演じ、元気に活躍されていた時代でした。“ベルばら”では恒例の併演レヴューにて、燕尾服を着用した男役さん達ばかりのユニゾン(Unison:群舞。複数のダンサーが同じ場面で一斉に同じ振付を踊ること)で、さっそうと大階段から降りてきてセンタートップを務める大浦さんの凛とした姿は、あれから20年以上も経た現在も舞姫の記憶に焼き付いています。

かくして、宝塚の男役さん達にすっかり魅了されてしまった当時の舞姫でしたが、録画したビデオを何度も擦り切れるまで繰り返し再生したことは勿論、地上波などでは放送されていない宝塚関連の番組も、友人知人などにお願いして随分と録画して頂きました。習い事感覚の軽い気持ちでセミナーに通い始めた舞姫も、これを機に“舞台の魅力”に目覚めまして、特にバレエやジャズダンスのレッスンは本当に楽しくて楽しくて、学生時代は生粋の“運動オンチ”だった過去の舞姫からは想像もつかないほど一生懸命受講したことを記憶しています。

かくして、偶然鑑賞した宝塚の舞台中継がきっかけでダンスの楽しさにも目覚めた舞姫は、2年間のセミナー受講期間を経て出演した卒業公演を無事に終えた年の冬に、T先生のジャズダンススタジオの門を叩き、現在に至るわけですが、カッコいい男役さん達に魅了された当時から現在に至るまで、ぜひ機会があれば演じてみたいと秘かに思い続けてきたのが、やっぱり“男役”。

ただ、あいにく舞姫は身体が極端に小柄で、学生時代から“前ならえ”の経験は殆どなく、現在でもレギュラークラスのなかでは舞姫がいちばんチビです(余談ですが、レギュラーで2番目に小さい某先生は、ご自身と舞姫のことを指して「安定のツートップ」と呼びます。笑)。こんなに小柄なら、燕尾服を着たところで不自然なのは当然ですし、おそらくこの先も憧れの“男役”を演じる機会は廻ってきそうにありません。(^^;)

その後、宝塚そのものにはそれほど深入りすることなく歳月は流れ、現在では宝塚に関してはあまり詳しい知識がない舞姫ですが、いまも巷で“ベルばら”の話題を耳にするたびに、軽い気持ちで舞台の世界に入った駆け出し時代の舞姫に舞台の魅力をおしえてくれて、舞台人としての舞姫の“原点”となってくれた宝塚歌劇団の当時の“ベルばら”を、懐かしく思い出します。そんなわけで、写真は先達て地元の某百貨店にて発見した“ベルサイユのばら花札”のオスカル。♪

ゴールデン・ポジション!

ウチのスタジオの舞台作品で、舞姫が頻繁に配置されるポジションがあります。殊に多人数でのユニゾン(Unison:群舞。複数のダンサーが同じ場面で一斉に同じ振付を踊ること)に至っては、ふと気づいたときには舞姫はこのポジションで踊っている場合がとても多いです。舞台上に“2ヶ所”だけ存在するこの位置ですが、舞姫的には“ゴールデン・ポジション”だと解釈しています。ちなみに、“センタートップ”では、ありません。それどころか、おそらく多くの者は配置されることを忌み嫌い、不本意とさえ思っているであろうポジションです。まぁ、“2ヶ所”存在するということで、“センタートップ”ではないことだけは容易に推測可能かと思いますが、あえてここにはその答えを記しません。ただ、記事中に“ヒント”を散りばめたいと思うので、その“ゴールデン・ポジション”がどこなのか、みなさんで想像してください。

ぶっちゃけ、「“センタートップ”に立つことこそ誉」と思っている人達のなかには、そこを「使いモノにならない劣等生的な人材が配置される“成れの果て”のようなポジション」とすら解釈して蔑んでいる者もきっと多いと思います。来年で御年50歳を迎える“高齢ダンサー”。しかも、ジュニア経験を経ず社会人になってからこの世界に入った“晩学ダンサー”。まして、股関節に先天性の障害を持つ故、できることにも制限が生じます。おまけに、生粋の不器用で小心者。当然、抜群の身体能力&センスに恵まれた若いチームメイト達にも、経験豊富なベテランの先生達にも、逆立ちしたって太刀打ちできません。舞台活動の中枢メンバーが集うレギュラークラスに在籍すること自体が、どう考えても不自然な人材なので、「使いモノにならない劣等生的な人材」というのは、ある意味では的を得ているかもしれません(笑)。

ただ、たとえ多くのダンサー達が“成れの果て”と呼んで蔑もうとも、そこは舞姫的には“ゴールデン・ポジション”なわけです。その理由は、ダンスの舞台作品が“個人競技”ではなく“団体競技”であることに潜んでいます。たぶん、この記事を読む大半は舞姫の解釈を「綺麗事」だと言って否定することでしょう。それを承知で、あえてこの場に記したいと思います。

まず、ダンスの舞台作品というのは“団体競技”=“チームプレイ”である故、「いてもいなくてもどっちでも構わない“オマケ”的な人材など、誰ひとりとして存在しない」こと。これが“大前提”であることを、憶えておいてください(ほら、もう早この時点で「綺麗事」だという声が聞こえてきそうです。笑)。“チームプレイ”であるダンスの舞台作品においては、与えられる役柄を問わず出演者全員が高い“志”を持つ必要性があり、誰か一人でもその“志”を維持できない者がいれば、その作品は脆くも壊れます。ダンス作品は、人間を使った“造形作品”なので、我々出演者の一人一人は、オブジェを形成するひとつの“パーツ”でしか過ぎないわけですが、そのパーツの持つ役割は重く、ひとつでも不完全なパーツが存在すれば、作品は成り立たなくなるわけです。

「舞台は真剣勝負の場。一瞬たりとも気を抜くな!自分など、たくさんいる出演者のうちのひとりでしか過ぎないと思って軽んじて、いい加減な気持ちで舞台に立てば、そこから舞台に“亀裂”が走るぞ!よーく憶えておけ!」…舞姫がこのスタジオの門を叩いて以来、現在に至るまでの20年以上にも渡って、スタジオ代表者T先生がみんなに発し続けてきた言葉です。スポーツの世界でも同じ。ベンチを温める控えの選手も含めて、チームメイト全員が“貴重な戦力”とならなくては、真に強いチームにはなれない筈。けど、そんな先生達の懸命な訴えも、通じない者には通じない。「センタートップに立つことこそ誉」と思っている者の大半には、舞台にオマケはいないだのチームがどうのとか説いたところで、所詮は「綺麗事」で片付けられてしまい、頑なに理解しようとしないからです。

ただ、現実に“亀裂”が走った現場を目の当たりにした経験が、舞姫も何度もあります。ときとして、尋常でないほど大人数を使いこなさなくてはならないダンスの舞台作品。状況によっては、才能あふれる優秀な人材に、致し方なく“比較的に目立たない役割”を任せなくてはならない事態も多々起きます。ただ、そこへ「使いモノにならない劣等生が就く“成れの果て”」的な役割と解釈している者をポジショニングしてしまうと、その者のモチベーションは一気に萎えます。そして、たとえそこがどんなに重要な役割であることを説こうとも、所詮は「慰め」「気休め」と受け止められて聞き入れられない場合も多く、いちど萎えてしまったモチベーションを立て直させることは困難です。これがもとで、懸命に作り込んできた大切な作品をなし崩しにされて頭を抱えて嘆く先生達の姿を、これまで舞姫は幾度となく見続けてきたわけです。

舞姫自身も、ウチのスタジオの近年の舞台作品を細部に至るまですべて確認したわけではないので、定かなことは言えないのですが、殊に舞姫自身が出演する作品で察する限りでは、はたと気づいた頃からか舞姫以外でこの“ゴールデン・ポジション”を任されるのは、振付&構成を手掛ける先生達自身であったり、あるいは比較的に舞台経験も豊富である程度のスキルを備え持つ者だったり、要はどのポジションに就かせてもモチベーションを萎えさせることなく高い水準のパフォーマンスを演じてくれるであろう“信頼度の高い”人材になっていたように記憶しているんですが、かつての苦い経験の繰り返しで、先生達もこのポジションへの人材配置の難しさを痛感したのではないかな?…と舞姫的には思ったりしています。

(遠まわしに、舞姫自身が“高い水準”の人材であると主張しているみたいに聞こえますが、別にそういうわけではありません。舞姫は、生粋の不器用で小心者。決して先生達のお眼鏡にかなうような、ごたいそうな人材では、ございません。汗)

ところで、渦中の位置が“ゴールデン・ポジション”だったことを、舞姫自身が強く認識したのは、ぢつは今季に入ってから。柔らかくて身体への刺激が少ない良質な床が自慢のウチのスタジオのフロアですが、唯一の欠点が“滑りやすい”ことで、殊に空気が乾燥しているときは、尋常でないほど滑る“危険地帯”が数ヶ所フロアに発生します。某公演の稽古中だった今夏、舞姫が配置されることの多かったこの位置に、たまたま“危険地帯”が発生してしまったため、舞姫は足を取られて内転筋を傷めたのですが、そのときは「先生達が私ばっかり頼りにして、こんな位置にばかり私を就かせるからだ(渋)」なんて思ってしまったのですが、それではたと気付いたわけです。「頼りにしてもらっていた」んだな…と(笑)。

蛇足ですが、今年の発表会のある作品にて、舞姫は三角形フォーメーションの“センタートップ”に就きました。記憶を辿ると、この三角形フォーメーションのポジショニングを決める際、振付担当のH先生は我々レギュラークラスのメンバー全員を身長順に並ばせています。ダンス作品の構成においては、出演者の身長を参考に配置を考えれば“遠近法”の効果もあって舞台に奥行きが出るからです。ただ、確かにレギュラー最低身長の舞姫ですが、舞姫と同じくらい小柄でも、もっと優秀で使える人材が他にもいた筈。にもかかわらず、舞姫を“センタートップ”に選んだのは、ただ単に「身体が小柄」だけの理由ではなく、なにか他に意図があったんだと思います。その真相は、振付&構成を担当したH先生ご本人に確認しない限りは、判りませんが…。

正直、優秀な若いチームメイト達やベテランの先生達を背後にこの位置に立つことは緊張しましたが(汗)…けど楽しかったですよ。なにせ、三角形フォーメーションの“センタートップ”に立つのは、20年振りでしたからね。ただ、舞姫的には、いつもの“ゴールデン・ポジション”のほうが居心地良かったかな?さてさて、最後まで具体的には位置を記さず伏せて参りましたが、舞台上に“2ヶ所”だけ存在するという渦中の“ゴールデン・ポジション”とは、いったいどこでしょう?たぶん、判る人には「そこだ!」…と直ぐに判るんじゃないかと思います。♪