ダンスのレッスンは、しばらくお休みすることに。

しばらくの間、金曜恒例のフリースタイルクラスのレッスンをお休みすることにしました。いえ、別に体調が悪いとか、そういうことではなくて、舞姫本人は至って元気なので、ご心配なく。ちなみに、現在ウチのスタジオでは、毎年恒例の発表会(今年は、11月19日(日)上演予定。昨年の記事は、こちら)の稽古中なのですが、昨年に引き続き、今年も舞姫は既に出演しない意向をスタジオに伝えています。

さて、同じクラス内に、舞台に“出演する者”“出演しない者”が混在する場合の対処は、各スタジオによって異なるかとは思いますが、ウチのスタジオの場合は、「出演されないかたも、ぜひ稽古に参加してください。普段のレッスンのつもりで、一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです」というスタンスで、非出演者も出演者と一緒に“稽古に参加して頂く”というスタイルを長年に渡って実践しています。

実際、昨年秋のスタジオ発表会のときも、舞姫は非出演者にもかかわらず劇場入りの前日までしっかり稽古に参加させて頂いていましたし、普段は月水夜のレギュラークラスのレッスン枠内で行われる『JAZZDANCE NOW』の稽古が、今年の4月&5月の2ヶ月間に渡って例外的に金曜フリースタイルクラスのレッスン枠を使って行われた際も、舞姫を含む数名の非出演者が稽古に参加していました(当時の記事は、こちら)。

ただ、無論この「非出演者も出演者と一緒に“稽古に参加して頂く”」というスタイルには、限界もあります。稽古の進行状況や、作品そのものの構成などによっても、非出演者の立ち居振舞いは微妙に異なってきますが、状況によっては非出演者が稽古に加わることが難しくなる場合も多々生じます。昨年同様、このクラスで非出演者は今年も舞姫ひとりなので、この類の状況を生み出しやすかったのかもしれません。

幸い、昨年の発表会のときは、金曜フリースタイルクラス作品の稽古の進行状況も比較的に順調で、それほど複雑な構成もなかったので、チーム内に一人くらい非出演者が混じっていても、稽古に悪影響は出なかったんだと思います。作品が舞姫好みの“大人のジャズバラード”だったこともあって、舞姫も出演するチームメイト達と一緒に最後まで気持ちよく稽古に参加させて頂いたことを記憶しています。

そして、今年も金曜フリースタイルクラスでも7月から稽古が始まり、舞姫も先月までの3ヶ月間に渡って“オブザーバー”として稽古に参加してきたわけですが、あいにく今年は稽古の進行状況が芳しくなく、振付&構成を手掛けるH先生も相当苦心している模様。本番まで残り2ヶ月を切り、稽古も佳境に差し掛かる時期を迎えています。

金曜フリースタイルクラスの作品も、中盤に入って構成が複雑化してきたこともあって、稽古は更に難航。優れた作品を作るためには妥協はしたくない。けど、限られた稽古時間は無常に過ぎていく…ダンスの舞台作品の稽古は、そんな振付者の“葛藤”の繰り返しでもあります。

通常なら、ユニゾン(Unison:群舞。複数のダンサーが同じ場面で一斉に同じ振付を踊ること)の部分を一緒に練習したり、休講した出演者の“代役”を務めたりして、出演者達に迷惑が及ばない範囲で稽古に参加する非出演者ですが、ここ最近ではそういったことも難しい状況に(汗)。

こうなると、さしものH先生も、たった一人の“オブザーバー参加者”である舞姫にまで気を配っている余裕はなく、レギュラークラス在籍時に苦楽を共にしてきた舞姫としては、H先生の抱える苦悩も手に取る如く判るだけに、ただただ黙って見守るだけ…。

ということで、ここはひとつH先生&金曜フリースタイルクラスのチームメイト達に、非出演者の舞姫に余計な気遣いをすることなく、心置きなく稽古に専念して頂きたいと思い、スタジオ発表会が無事終了するまで、舞姫はレッスンをお休みすることにした次第でした。先達て、チケット予約も兼ねて、その旨をH先生にメールで報告。今年も舞姫は、みんなの雄姿を観客として見届けます。大丈夫、きっと素敵な作品になることを信じています。♪

稽古が難航していたこともあって、ここ最近ではウォームアップセンターレッスンも省いて、レッスン時間のすべてを稽古に充てる状況が続いている金曜フリースタイルクラス。この時期、稽古は時間との戦いなので、1分1秒でも惜しい先生達の抱える厳しい状況は、手に取る如く察します。

ただ、舞台活動の中核を担うレギュラークラスでは、こんなことも茶判事だったので、かつて21年間に渡ってレギュラーで過ごした舞姫は慣れていますが、金曜フリースタイルクラスは小学校高学年〜中学生の若い世代が中心のクラス。

スタジオのレッスン枠内で、ウォームアップやセンターレッスンの時間を割くことができない状況においては、出演者自身が“セルフ・コンディショニング”の技術を充分に身につけることが必須です。

子供から大人へと移り変わる過程にあるジュニア世代の若いダンサー達には、スタジオ以外で過ごす時間に自主的なコンディショニングを求めることは難しいかもしれませんが、各自しっかり体調管理に努めて、本番の日をベストな体調で迎えてくれることを願うばかりです。(-人-)

ところで、舞姫のレッスン再開は区切りの良いところで12月からを予定していますが、ダンスを始めて27年、よくよく考えてみたらレッスンを2ヶ月もお休みするなんて初めてのことです(そういえば、7年前に婦人科疾患の手術で入院したときも、退院から1ヶ月でレッスン復帰しました)。

こういうときこそ、持病の股関節疾患リハビリ通院で学んできたセルフ・コンディショニングの知識&技術が活かせます。次にスタジオを訪ねるときには、札幌の街も雪の季節を迎えていることでしょう。それまで舞姫も、身体が衰えないよう、自宅でもトレーニング&コンディショニングに努めて、レッスン再開に備えたいと思います。♪

愛猫は、舞姫の永遠の“恋人”。♪

お彼岸も過ぎて、舞姫が暮らす札幌の街も、日を追うごとに秋が深まっています。きのう舞姫は、市内の某動物霊園へ愛猫(♂)のお墓参りに行って参りました。本当は彼岸の中日だった先週末に出掛けようと思っていたのですが、あいにく別な所用が入ってしまったので、致し方なく延期して、お彼岸から1週間遅れのお墓参りとなりました。



愛猫が天国へと旅立ったのは、4年前。バレンタインデーの前日でした。年明け、食欲不振で動物病院を受診した時点で、既に余命が少ないことを院長先生から告げられていた愛猫でしたが、2月に入ると身体も弱って、殆ど寝たきりの日々を過ごしていました。亡くなる日の朝、出勤前に「行ってくるよ♪」と声を掛けたのが最後になりました。既に声も出せないほど衰弱していた愛猫ですが、舞姫にアイコンタクトで応えてくれたことを記憶しています。

その日はスタジオでレッスンがあって帰宅が遅かったのですが、玄関でバッグを放り投げて、コートも脱がずに「ただいま〜!」と愛猫の傍に駆け寄ると、既に愛猫は天国へと旅立った後でした。せめて、もう少しだけ生きながらえてくれたなら、翌日は愛猫にもバレンタインのプレゼントを贈るつもりだったので、無念でなりませんでした。

一夜明けて、この動物霊園で合同葬をして頂き、天国へと旅立つ愛猫を見送った舞姫でしたが、その後は舞姫の部屋にもささやかな祭壇を設けて、毎朝の出勤前に愛猫の遺影に両手を合わせてから出掛けるのが舞姫の日課となり、お彼岸を迎えると愛猫の大好きだったお花を買ってお墓参りに出掛けるのが毎年の恒例行事となりました。

愛猫がいなくなって、瞬く間に過ぎた感じがする4年間でしたが、遺影に合掌するたびに、愛猫と一緒に過ごした18年間の楽しかった日々を思い出します。つらいときも苦しいときも、愛猫は舞姫の傍に寄り添い、小心者の舞姫を優しく支え続けてくれました。いまも帰宅すると、玄関まで「おかえり〜♪」と元気に迎えに来てくれそうな気がしてなりません。思い出いっぱい…。

3年前のスタジオ発表会にて、舞姫が当時所属していたレギュラークラスでは、“猫”をテーマにした作品を上演しました。聞くところによると、振付を手掛けたE先生も4匹の愛猫さん達と一緒に暮らしているそうで、さすがに猫の生態や習性などよく知っていて、作品の要所要所に猫を感じさせる動作が数多く取り込まれていました。

思い起こせば愛猫も、元気だった頃はよくこんな仕草をしていて、愛猫と一緒に過ごした18年間の楽しかった日々を思い出し、稽古のたびに瞳を潤ませたことを記憶しています。生前の愛猫を“お手本”に稽古を続けてきましたが、本番では愛猫と一緒に遊んでいるような気持ちになって楽しく舞台を務めさせて頂きました。天国で見守ってくれていたであろう愛猫にも、きっと楽しんで観てもらえたのではないかと思います。♪

さて、自宅近所の某生花店にて、ささやかな花束を買ってバスへと乗り込んだ舞姫でしたが、最寄りの停留所で下車すると、動物霊園は直ぐ目の前。たくさんの動物達の魂が埋葬される萬霊塔に、愛猫も眠っています。持参した花束を墓前に供えると、線香を焚いて合掌。家内安全や無病息災、世界平和など、お祈りして参りました。(-人-)



そんなわけで、お墓参りを無事に終えて中心街へと舞い戻ると、某和菓子店へ立ち寄り、これまたお彼岸に買い損ねた“おはぎ”を購入。帰宅後、さっそく祭壇に供え、母と一緒に愛猫の遺影に両手を合せました。供えたおはぎは、その日のうちに母娘で有り難く頂戴しました。家族で頂くことで、愛猫への供養になります。お墓参りのたびに思い出す、愛猫と過ごした楽しかった日々。祭壇に供えたおはぎは、少しほろ苦い味がしました。

ちなみに、生後8ヶ月で去勢手術を施した愛猫ですが、成長して大人になって晩年を迎えても、まるで子猫の如く可愛らしい声で、いつも舞姫に語り掛けてくれたことを記憶しています。目鼻立ちの整った“いい男”だった愛猫は、舞姫の永遠の“恋人”です。これからも、いつまでも、愛猫は舞姫の心の中で元気に生きています。

久し振りの平日ナイトゲーム生観戦。♪

去る9月20日(水)、舞姫は札幌ドームにて開催されたプロ野球パ・リーグ公式戦へ出掛けました。北海道日本ハムファイターズ今季4度目の生観戦でした(前回観戦時の記事は、こちら)。ちなみに、この日は8月29日(火)に旭川スタルヒン球場で雨天中止になったvs福岡ソフトバンクホークス戦の振替試合で、有り難いことに全席種1,000円!舞姫も、おそらくこれが今季最後になるであろう生観戦を楽しみに、球場へと足を運びました。♪



昨年の日本シリーズ(当時の記事は、こちら)以来、久し振りの平日ナイトゲーム生観戦。どのみち職場で普段通りの勤務を終えた後なら、どんなに急いで球場へ向かったところで試合開始には間に合わないし、もし長引いて延長12回にまでもつれるようなことにでもなれば、試合終了は夜更け。週末のデーゲーム生観戦のときみたいに、球場施設内や福住駅周辺を悠長に散策する余裕はないし、たぶん行って観戦して帰宅するだけ。

そんなわけで、慌ただしい平日ナイトゲーム生観戦で当日調達の手間暇を省いて少しでも時間を節約するため、ロケット風船は中心街の某ショップにて事前購入することに。ちなみに、ファイターズ生観戦2連敗中の舞姫、“勝利の象徴”でもある白いロケット風船は不発に終わったものがまだ残っているので、今回は青のみのセットを買いました。



レプリカは…どれにしようかと迷ったのですが、2年前の「WE LOVE HOKKAIDO シリーズ 2015」限定の“EZOlution ラベンダー”を持参することに。ぢつは、これ横着者で出不精な舞姫に、生観戦のきっかけを作ってくれたレプリカなんです。普段は中央区内からすら滅多に外へ出ない日々を過ごす舞姫は、遠い遠い福住にある札幌ドームまで出掛ける気にはとてもなれず、これまではファイターズの試合も自宅の居間でテレビ観戦のみでした。



ただ、詳しい経緯は省きますが、諸事情あって偶然入手したこのラベンダーカラーのレプリカが、かつて“お茶の間観戦組”だった横着者で出不精の舞姫に、「せっかく、こんな立派なレプリカを頂いたのだから、いつか球場へ行って生観戦しよう」…そんな気持ちを起こさせてくれたわけです。舞姫も、原点に立ち還って精一杯を尽くして応援しようと思い、諸々の観戦アイテムと一緒にラベンダーカラーのレプリカをバッグへと詰め込んだ次第でした。

職場の最寄駅から地下鉄東豊線に乗って福住駅で下車すると、まずは駅直結の某スーパーにて夕食の“唐揚げ弁当”を調達。球場へ到着した頃には既に試合は始まっていましたが、狭い座席で応援しながら食事を摂るのはちょっと気が進まなかったので、2階ロビーのベンチで頂くことに。フィールドから響いてくる熱戦の雰囲気を感じながら取り急ぎ夕食を済ませると、持参のレプリカに袖を通して愛用のツインスティックを首からぶら下げ、臨戦態勢を整えて客席へ。



ちなみに、この日の座席はお気に入りのレフト外野席。なんと、巨大なボールのオブジェから直ぐ近くの座席でした。札幌ドームで開催されるファイターズの試合中継で外野方向へ大きな打球が飛ぶと、決まってテレビ画面にも映し出されるので、ファイターズファンのみならず他球団のファンのみなさんにもすっかりお馴染みかと思われるこのボールのオブジェですが、舞姫自身も勿論こんな至近距離で拝ませて頂くのは初めてで、その大きさに改めて感嘆!(・o・)



舞姫が座席に着いた時点では0対1でファイターズがリードしていたものの、その後は逆転されて結局4対1でホークスが勝利し、またしても白いロケット風船は消化できずに終わりました。若手選手を積極的に起用したファイターズも、なかなか健闘はしていましたが、さすが既にパ・リーグ優勝を決めているホークスは強かったです。(>_<)

さて、試合も延長等で極端に長引くことなく9回で無事終了したので、舞姫も遅くならないうちに帰宅の途に。次回の生観戦は来季になると思いますが、行って帰ってくるだけになってしまう平日ナイトゲームは本当に疲れるので、やっぱり極力デーゲームを選んで出掛けたいと思います。そんなわけで、写真はゲート付近でお見送りしてくれたファイターズガールの畠山茉央さん。素敵な笑顔に癒されます。♪

“毛染め”の話。♪

きょうは、白髪の多い舞姫には欠くことのできない“毛染め”の話をしましょうか。記憶を辿ると、舞姫が初めて自分の髪を染めたのは、いまから19年前の1998年。長野オリンピック(←Wikipediaより)が開催された年でした。

ちなみに、当時33歳だった舞姫は、まだヘアカラーが必要なほど目立って白髪が多かったわけではなかったのですが、この頃あたりから日本でも髪を明るめの色に染める若いスポーツ選手もチラホラと現れ始めました。長野五輪でも、茶髪のアスリート達が次々と好成績をあげて、その活躍を目の当たりにして触発された舞姫は、もしや自分も髪を染めたら“できる女”になれるような気がして(笑)、それが舞姫のヘアカラーデヴューのきっかけでした。

当時から、市販のヘアカラーを買って自分で髪を染めてきた舞姫は、セルフ毛染め歴19年になるわけですが、いつも毛染めに使うのは自宅の洗面所。ぢつは、染め始めて間もない当時、毛染め中に壁を汚してしまったことがあって、人間の毛をも染める頑固な液剤なので掃除してもなかなか落ちず、母に物凄い叱られたことを記憶しています。(>_<)

そのとき以降、毛染めをするときは、壁に新聞紙をベタベタ貼ったり床にも新聞紙を敷き詰めたりして“養生”することを常としてきたわけですが、毛染めを終えると勿論“養生シート”代わりに使った多量の新聞紙を片付けなくてはならないわけで、この養生に伴う作業は横着者の舞姫にとって結構大変なのですが、まぁ我が家にヘアカラーの液剤を飛び散らせて汚さないためなので、致し方ありません。(^^;)

“多い”“重い”“硬い”“三重苦”の髪質で普段から苦労が絶えない舞姫ですが、しかも当時の舞姫の髪型は背中まで届くほどのロングヘアーだったので、毛染めの作業も一苦労。多くて重たい髪をブロッキングして、毎度ひーふー言いながら染めていたことを記憶していて、そのうえ市販のヘアカラー1本だけでは舞姫の多量の髪を染めるには足りなくて、常に2本買っていました。

ただ、10年前に鬱陶しい長髪をバッサリと切り落として現在のショートボブにして以降は、ヘアカラーも1本だけで充分足りるようになり、あんなに重労働だったブロッキングなどの作業工程もだいぶ楽になりました。♪

染め始めて間もない頃は、まだそれほど白髪が多くなかったので、白髪染めではない通常のヘアカラーを使っていたのですが、30代後半に差し掛かった頃あたりから徐々に白髪が目立つようになってきまして、ヘアカラーも白髪が染まるタイプのものを買うようになりました。ただ、当時“白髪染め”といえば地味な色合いのヘアカラーしか販売されていなかったので、自分の好みの色合いの商品を探すのにも苦心したことを記憶しています。

せっかく髪を染めても、地味な色合いで却って老けて見えてしまうのが嫌で、当時は致し方なく白髪が染まらないタイプの毛染めを買うこともあった舞姫でしたが、有り難いことに近年は白髪が染まるタイプのヘアカラーも進歩して、各社カラーバリエーションなども豊富になってきたので、以前よりは選択肢も広がって楽しめるようにはなってきましたね。

生粋の不器用なので、染め始めて間もない当時は要領を得ず、染めムラも多くてなかなかキレイに染められなかった舞姫でしたが、長年のセルフ毛染め歴で鍛えられたおかげで、現在では自分でもいい感じに染められるようになり、御用達の美容室で舞姫を担当する美容師さんからも、いつもお褒めを頂くほどの腕前になりました(笑)。ちなみに、ヘアカラーのペースは、だいたい月1程度。生え際に白髪が目立ち始めるのを目安に、染めるようにしています。

そんなわけで、下記掲載の写真は現在愛用するホーユー『シエロ』のムースカラー。液剤がムースタイプなので、使い勝手が良く、とても染めやすいです。確か、前回染めたのが8月下旬だったように記憶しているので、そろそろ染め頃かなという気もします。



来週20日(水)には、プロ野球の生観戦へ出掛ける予定なので(前回観戦時の記事は、こちら)、近日中にでも時間を作って毛染めをして、気に入った色合いの髪で気持ち良く球場へ出掛けたいと思います。♪

多くの人達に知ってほしい!“リーメンビューゲル”の存在。

みなさんは、“リーメンビューゲル”と呼ばれる治療装具をご存じでしょうか?これは乳幼児健診“先天性股関節脱臼”(←「gooヘルスケア」より)(近年では“発育性股関節形成不全”とも呼ばれているそうです。←「日本整形外科学会」より)が発覚した赤ちゃんが身に付ける矯正用の装具なんです。
※下記イラストは、小児整形外科医SPO5さんのTwitterより転載許可を頂きました。



舞姫は大人になってからの発覚だったので装着経験はないのですが、乳幼児期に先天性の股関節疾患が発覚した場合、症状によってはこの“リーメンビューゲル”の装着による治療を行う必要があるそうです。乳幼児の股関節疾患については、舞姫の股関節疾患ページにも項目を設けているので、よろしければご一読ください(→こちら)。

あいにく舞姫は、写真イラストでしか“リーメンビューゲル”を見たことがなく、この装具を実際に身に付ける赤ちゃんと出会う機会にはまだ恵まれていないのですが、かなり“ごつい装具”であることだけは間違いありません。たぶん、初めて見る人は一瞬ぎょっとして目を疑うのではないかと思います。

情報収集も兼ねてネットを巡っていると、このリーメンビューゲルで治療中の赤ちゃんを持つママさんが、知識に欠ける人達から“虐待”誤解されてしまう場合があるという話を聞くことがあります。赤ちゃんを連れて外出すれば、街中や駅のホーム・公共交通機関の車内など、見慣れない装具を身に付けた赤ちゃんは多くの人目に晒されることになりますし、何も知らない人達が“虐待”と勘違いしてしまうことも充分考えられます。

舞姫は、この疾患を抱えていたが故に、乳幼児の股関節疾患についても多少は勉強して知識を得ましたし、“リーメンビューゲル”の存在も知っていましたが、もし知識のない状態だったら、初めて見るごつい装具を身に付ける赤ちゃん&その母親に、舞姫も好奇の眼差しを向けていたかもしれません。

この疾患の改善における最大の“敵”は、“周囲の無理解”です。知識に欠ける人達の“無理解”は、この疾患を持つ子供の母親をも苦しめるのか?…と思うと、舞姫も哀しくなります。たとえ、ひそひそと囁くような声でも、ママさんの耳には否応なく入ってくることでしょう。周囲から好奇の視線を集めるママさんの辛い胸中は、察するに余りあります。

もともと先天性の股関節疾患は早期発見が難しく、大人になってある程度の年齢に達してから発覚する患者さん達も数多く存在しますが、舞姫が生まれた50年以上も前といえば、“保存療法”“スポーツ医療”も影も形もない不毛の時代だったことは勿論、先天性の股関節疾患など発覚しようものなら、医療者ですらどうすれば改善できるかよく判っていなかった時代でした。

ただ、あれから時を経て乳幼児の股関節疾患に関する研究も進み、乳幼児健診で発見できる確率も高まっていると聞きます。現代の優れた医療の技術をもってすれば、成長盛んな乳幼児期に病巣を見つけ出し、適切な対策を講じていくことで、かなりの改善が期待できる筈です。

けど、乳幼児期に発覚した子供達が、適切な対策を講じて順調に改善していくためには、ご家族やご友人達は勿論、外出する先々で出会う多くの人達の理解&協力が必須。まずは、乳幼児の股関節疾患の存在と、“リーメンビューゲル”という装具の存在を、少しでも多くの人達に知って頂くことが重要と思います。

みなさんも、もしこの装具を身に付ける赤ちゃんを連れたママさんを見掛けたら、ご理解のうえ適切な配慮を願います。そして、もしこの装具を“虐待”誤解して赤ちゃん&ママさんに冷たい視線を浴びせる人に出会ったら、そうではなくて治療用の装具であることを教えてあげてください。この疾患を持つ幼い子供達が、どうか順調に改善することができるよう、暖かく見守ってほしい。舞姫からの、お願いです。m(__)m


※乳幼児の股関節疾患の改善のためには、赤ちゃんの脚の開きを妨げない生活の配慮が必要。
両脚が自然なM字型に開かれる形の“コアラ抱っこ”のイラストも、SPO5さんから提供頂きました。♪