さよならレギュラー!

先月末、舞姫は21年間在籍した“レギュラークラス”を退きました。50歳まで、レギュラークラスの一員として舞台に立ち続けることが、舞姫の“夢”であり“目標”でもありました。昨年、その“50歳シーズン”を無事に達成でき、これを節目として退く決意に至った次第でした。

じつは1年前の春、毎年恒例の某公演に向けての稽古が始まる頃には、既に舞姫はこのシーズン限りでレギュラーを退く気持ちを固めていました。ただ、小心者の舞姫、カミングアウトの時期をうまく測れず、スタジオの先生達にはレギュラー引退の意向をなかなか伝えられずにいました。

やがて、最後の舞台となったスタジオ発表会も無事終了して年明けを迎え、快適なシーズン・オフを過ごすうちに瞬く間に時は流れ…ふと気づいたときには2月も下旬に差し掛かっていました。いかん、4月からはレギュラーでも次の舞台シーズンに向けた稽古が始まる。少なくとも、その1ヶ月前には退く意向を伝えていないと…(汗)。

迫るタイムリミットに観念した舞姫は、去る2月29日(月)のレッスンが始まる前、意を決してH先生に声を掛け、3月いっぱいでレギュラーを退く旨を伝えました。「理由を…聞かせて頂けますか?」…数秒の空白の後、そう尋ねたH先生のか細い声が、舞姫は未だ忘れられません。

ごく親しい数名の友人には、レギュラー引退の意向を既に打ち明けていたので、もしかすると風の噂でH先生の耳にも入っていたかもしれないとは思いましたが…。そして、前夜に眠れない夜を過ごすなかで、どうすればこの気持ちをうまく伝えることができるだろう?…と懸命に考えて整理したことを、舞姫は少しずつ話し始めました。

レギュラーは、責任の重いクラス。“股関節疾患”を抱える身として、御年50歳を迎えた“高齢ダンサー”として、そして働きながらスタジオへ通う“アマチュアダンサー”として、“レギュラークラスの一員”であり続けることに、限界を憶えたからです。

「アマチュアに“引退”なんか、ないゾ!」…そう思って、気持ちだけでも生涯現役を目指してきた。けど、舞台活動の中枢を担うレギュラークラスともなれば、そうはいかない。無理しちゃいかんと判っていても、状況によっては無理せざるを得ない事態も多々起きる。

ジュニアクラスの小中高生ダンサー達の多くが憧れるレギュラークラス。他クラスの生徒さん達の“手本”となって常に毅然と振る舞わなくてはならないレギュラークラス。無論、“股関節疾患”を抱えることも、“高齢ダンサー”であることも、“アマチュア”であることも、“免罪符”にはできない。

「舞台は“麻薬”だ。毎回、死ぬほどの恐怖を味わうし、自分の演技に対しては絶えず欲求不満。けど、やめられない」…映画「エトワール」(←Movie Walkerより)にて、ある男性ダンサーさんが発した言葉です。舞台は楽しい。めちゃくちゃ楽しい。舞姫にとって、まさに“麻薬”でした。だからこそ、“免罪符”を行使しない覚悟を作って、これまでレギュラークラスの一員として舞台に立ち続けてきました。

ただ、リスクも高い。年間の大半を“舞台作品の稽古”に追われて慌ただしく過ごすレギュラークラス。本来なら、活躍の場を数多く与えられることは、舞台人として物凄い栄誉な筈。けど…レギュラーの一員として舞台に立ち続けるには、強靭な体力&精神力を要します。不器用で小心者の舞姫には、荷が重かった。

「スポーツ厳禁!ダンスなどと、以ての外!」…保存療法に消極的あるいは否定的な医師の大半がそう説く先天性&進行性股関節疾患を抱えてしまった舞姫が、身体能力に優れたチームメイト達や、経験豊富なベテランの先生達と、このレギュラークラスで対等に渡り合っていくために辿り着いた手段が、“スポーツリハビリテーション”(Rehabilitation for Sports)だった。

そのとき以降、おそらくもうそれほど長くはないであろう己のダンサー生命の“存亡”をリハビリに託して、真剣勝負で改善に挑んできた。地道に続けてきたリハビリが、ダンサー&舞台人としてのスキルアップにもつながったのは大きかった。股関節疾患を抱える高齢の域に達した独身OLを、舞台活動の中枢を担うレギュラークラスの一員として舞台に立ち続けさせたのは、まさに“スポーツ医療”の底力でした。

けど、リハビリ通院する整形外科で学ぶスポーツ医療の知識や技術を駆使して精一杯を尽くしても、不調に陥ってしまうことも幾度となくあって、そのたびに苦心しながらコンディショニングに努めて…疾患発覚以降ずっとその繰り返しで、正直なところ近年は息切れ気味だったことも確かです。

どんなに努めても努めても、恵まれた身体能力&抜群のセンスを持つ若いチームメイト達と同じレベルでは決して動けないという現実へのジレンマも正直大きかったし、本職の片手間にスタジオに通うOLダンサーが、年齢の限界にも挑みつつ、なおかつ股関節疾患のハンディを補うためのコンディショニングを続けながら、レギュラークラスの一員として舞台に立ち続けることは…やっぱり物凄くしんどい。(>_<)

無論、怪我病気を抱えながら第一線で活躍し続けるダンサーさんやスポーツ選手も、高齢の域に達しながら第一線で活躍し続けるダンサーさんやスポーツ選手だって、たくさんいます。本職の片手間に競技や舞台活動を続けるアマチュアのスポーツ選手やダンサーさん達のなかにも、うまく仕事と両立させながら日々の練習や稽古に励み、試合や舞台に果敢に挑戦されている人達も、たくさんいるんです。

だから、舞姫が“股関節疾患”を抱えることも、“高齢”であることも、“アマチュア”であることも、どれもこれも“言い訳”にならんのです。それを承知で退くことは本当に心苦しいのですが(汗)、舞姫ならではの“言い訳”をさせて頂くとすれば…舞姫が生粋の“不器用”“小心者”だったからでしょうか。もし、なんでも要領よく器用にこなせて、もっとメンタルも強かったら、あと数年はレギュラーでがんばれたかもしれないです。

「スタジオの“核”」…そうH先生が呼ぶレギュラークラス。けど、舞姫は少なくとも“核”として相応しい人材じゃない。ただ、「それを決めるのは、○○(←舞姫の苗字)さんじゃなくて、私達(スタジオの先生達)だよ」…H先生は、そう答えた。“核”を構成する“人材”として舞姫を選んだのはスタジオの先生達であって、「“核”として相応しい人材ではない」と判断する権利を舞姫自身は有さないわけです。

じゃあ、なぜ先生達は舞姫を選んだのか?…レギュラーに籍を置き続けたのは、その疑問を解くためでもあった(これについて言及した過去記事があります。→こちら)。結局、疑問を解決できないままレギュラーを退くことになってしまったけど、こんな至らない舞姫を、戦力外通告することなくレギュラークラスの一員として根気強く舞台で使い続けてくれた先生達には、頭が下がる思いです。

舞姫を舞台に立たせたのは、舞姫だけの“力”じゃない。レギュラーで過ごした21年間、どんなときも助けて支えて励まし続けてくれた先生達&チームメイト達“力”が、不器用で至らない舞姫を舞台に立ち続けさせてくれました。言葉では表現し尽くせないほど、感謝の気持ちでいっぱいです。

先月末の水曜日、レギュラー最後のレッスンを無事に終え、思い出のいっぱい詰まったこのクラスに、舞姫は別れを告げました。勿論ダンスはやめないですよ。今月から、駆け出し時代を過ごした“古巣”でもある金曜夜のフリースタイルクラス(旧ミドルクラス)へ移りました。これからは、無理のない範囲で楽しみながらダンスを続けていきたいと思います。たぶん、もう舞台には立たない。今年の某公演&発表会は、ぜひ“観客”として楽しみたいです。♪

※レギュラー在籍時に出演させて頂いた舞台から
公演パンフを新旧織り交ぜて抜粋してみました。
思い出いっぱい。♪


スポンサーサイト